第73回 酸いも甘いも


食べ物の好みというのは結構年齢によって変わってくるものだ。
子供の頃に大嫌いだったものが、成人してから大好物になることも多い。

私の場合、それは牡蠣だった。夕食に牡蠣フライがでるとあからさまにがっかりしては、母親に怒られたものだ。「牡蠣は海の牛乳」などというキャッチフレーズがあったのも懐かしい。栄養豊富なんだからよく食べなさいと言われたが、どうしても好きになれなかった。
確かに牡蠣の味は、子供が好むものではないだろう。潮の匂い、わずかに苦味がありながらも甘みと旨みが渾然とした複雑な味。今では牡蠣フライはもちろん生牡蠣も大好きで、異なる産地の生牡蠣食べ比べなどがあるとすぐに飛びついている。
ちなみに生牡蠣はその筋では「食中毒ガチャ」と言われている。清潔に扱われようが新鮮だろうが、当たるときは当たる。当たるのはノロか腸炎ビブリオだ。ノロウイルスは近海に普通に存在するため、餌のプランクトンと一緒に牡蠣は体内にそれを取り込み溜め込んでいる。ノロウイルスを含まない生牡蠣は存在しないのだ。これはたとえ養殖の牡蠣であっても同様である。
体調が悪い時にはなまものは食べないというのは昔からの知恵であるが、それでも食べたくなるのが業というものであろう。

苦味というのは本来毒である可能性が高いので、本能的に避けるというのは生物として正しい方向だ。なので子供は苦いものを好まない。
味というのは学習によって培われる。何十年もかけて我々は様々な味に出会い、その中で自分の好みの味を覚えていく。中にはずっと同じ好みの保守的な舌の人もいるだろうし、食べたことのないものを求めるチャレンジャーもいるだろう。
味についての鮮烈な記憶といえば、小学生の時友人の家に遊びに行って食事をご馳走になった時に出た、ミョウガである。ミョウガのすまし汁だったのだが、それまで我が家ではミョウガというものは存在していなかったので(両親が好きではなかったらしい)、生まれて初めて食べたのだ。そのある種薬臭い味と香りの強烈な印象は、今に至るまで世界の何処で食べた料理の味よりも驚きに満ちていた。
ミョウガは苦味というより爽快なえぐみとも言える味だが、同じ夏の野菜のゴーヤは徹底的な苦味である。実はこのゴーヤの苦み成分には毒性があり、大量に食べると消化器症状を起こすことがあるのだが、通常では問題がなく、かえって食欲を高めたりと良いことの方が多い。昔から食べられてきた食材には意味があるのである。
フキノトウやタラの芽など春の味も苦味があるものが多く、味によって季節を感じるのもまた風情がある。

子供が苦手な食べ物の筆頭に挙げられるピーマンも苦味が強い野菜であるが、ピーマンは小さい頃から好きだった。そのかわりといってはなんだが、いまだにニンジンが苦手である。食べられないことはないのだが、意外と好き嫌いがあると最近指摘されて、ちょっと凹んだ。
確かに普通女性が好むとされる(というのもかなりの偏見だと思うが)芋や豆が、あまり好きではない。これは味ではなく、ホクホクした食感が苦手なのだ。あれがいいのに!と好きな人には言われるのだが、好みの問題なのでしょうがない。味自体は芋も豆も嫌いではないので、それらを材料にしたお菓子などはよく食べる。
父親がかなりの偏食で、とにかく酸っぱいものが大嫌いであった。その上食わず嫌いで、酸味や苦味を連想させるものは最初から食べなかった。今思えば相当の子供舌である。父親は漬物でさえ少しでも酸っぱくなると食べなかったが、酢豚はなぜか好きだったのに酸っぱいと怒るって、どういう基準なのかいまだに理解に苦しむ。そういえば寿司もいつも青魚抜きだったのにバッテラが好きとか、わけがわからない。
食わず嫌いではなく、好き嫌いは食べてから判断したいものである。

苦味も渋味も大歓迎。
少女といえば甘い味のイメージが思い浮かぶだろうが、苦みばしった少女というのもなかなか味があるのではないだろうかと思うのだが、いかがだろう。


登場した食中毒:腸炎ビブリオ
→ノロはウイルスで冬場に多いが、ビブリオは細菌で夏場に多い。どちらにしろ当たるときは当たる。覚悟して食べるように。
今回のBGM:「未知evolution」by FLiP
→惜しくも2016年に活動休止してしまった4人組のガールズバンド。1stシングルになった「カートニアゴ」のハードボイルドな格好良さよ!

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精神科医/元法医学教室助手/少女批評家/Bunkamuraギャラリー「新世紀少女宣言」キュレーション/『夜想ーゴス特集』インタビュー/『夜想ー少女特集』評論/『S-Fマガジンー伊藤計劃特集』アーバンギャルド論/パラボリカ・ビス「アーバンギャルド10周年記念展」キュレーション