232回 鴨葱


ネギについて書いてみようと思う。
ネギだ、ネギ。誰もが知ってる野菜だが、野菜と言われるとなんか違うような気がするネギ。香味野菜としては非常に良い仕事をするにもかかわらず、食べた後の臭いが気になってなんとなく敬遠してしまうこともあるネギ。スーパーで買い物をするとカゴからはみ出して結構始末に困るネギ。
そうは言っても、ネギがないと画竜点睛を欠く(大袈裟!)料理も多い。蕎麦や納豆にネギがないとしたら、どんなに味気ないだろう。
ネギは我々の食文化にどっしりと根を下ろしている。

簡単にネギと書いてしまったが、ここで取り上げるのは玉ネギではなく、長ネギの方である。
ひとくちに長ネギと言っても、関東の白ネギと関西の青ネギがあるのはご存知だろう。今はどちらも手軽に手に入るが、私が子供の頃は東京では白ネギしか売っていなかった。
この白い部分が多く太めのネギは、根深ネギと言う。ネギが伸びるに伴い土を盛り上げて陽に当てないようにして作られたものだ。この白い部分は葉鞘と言い、茎のように見えることから偽茎とも呼ばれている。緑の部分は葉身部だが、環状で太くこちらは硬いので生ではあまり食べない。
中央アジア原産で、日本には奈良時代に渡来した。『日本書紀』の中で493年の記述に登場しているというのだから、随分古くから親しまれてきたものだ。というか、日本に元からあった野菜というのはほぼないのではないか。ミョウガくらいか。因みにミョウガは東アジア各地に自生しているが、食用にしているのは日本だけだそうだ。

関西地方で好まれる青ネギは、その名の通り緑の葉の部分が多く、白ネギと比べると圧倒的に細い。
代表的なのは九条ネギであるが、一般的に万能ネギと言って売られているものは、九条ネギの改良品種を早採りしたものである。各地でブランド化されており、なかでも「博多万能ネギ」は有名だ。小ネギとか細ネギと呼ばれることもあり、手軽に使えて彩りも良く匂いもあまり気にならないことから、最近では白ネギを圧倒する勢いである。
ここで注意が必要なのは、ワケギとアサツキだ。どちらも小ネギの類としてあまり区別されていないと思われるが、実はどちらもネギとは異なる品種である。
ワケギはネギと玉ねぎの交雑種だ。関西ではワケギといえばこの一種のみだが、関東ではかなりいい加減な分類になっている。そしてアサツキもまたネギとは異なる品種であり、西洋ではチャイブと呼ばれて料理の香り付けとして使われることが多い。
白ネギも青ネギもワケギもアサツキも、全部ヒガンバナ科(かつてはユリ科とされていた)ネギ属までは一緒なのだが、その下の種の段階で異なる植物なのである。

古くから愛されたネギは、日本各地で在来品種として栽培されてきた。その数、100年以上の歴史があるものだけでも、24都道府県68種類というから驚きだ。
真っ直ぐ立った立ちネギという状態で栽培するのが難しい土地では、曲がりネギという横倒しで栽培する方法が発達した。産地を冠したもので有名な下仁田ネギは、江戸時代の大名が書いた「ネギを至急送れ」という文書が残っているほど人気だった。
鍋や煮物に適した柔らかく葉の先端まで食べられる品種もあれば、近江八幡市の豊浦ネギのように糖度と歯ごたえの良さで織田信長も好んで食べたとされるものもある。
長野県松本市には、松本一本ネギという品種がある。はじめて松本に住んだ時、スーパーで売っているネギのあまりの太さに驚愕したものだが、これは生で薬味として食べるよりも、煮て食べるのに適したネギなのだとあとで知った。足利時代に既にお吸い物に添えられたとのことで、江戸時代には関東地方や中京地方への土産用贈答用として珍重されたというのだから、由緒正しい品種なのだ。

ネギの辛味と匂い/臭いのもとは、硫化アリル(アリルプロピルジスルファイド)という物質である。
硫化アリルの一種であるアリインは、ニンニクやニラにも存在しており、玉ネギの催涙成分としても知られている。アリイン自体は無臭だが、細胞が傷付けられる、つまり包丁で切ることにより、別の細胞の中にあるアリナーゼにより分解されて強い匂いのアリシンとなる。アリシンは体内でビタミンB1と結合して吸収を高めたり、胃液の分泌を促して食欲や消化を増進したりなど、一見良いことばかりのようだが、実は意外な作用もある。
玉ネギや長ネギを猫や犬に食べさせてはいけないということを聞いたことがあるだろうか。硫化アリルは赤血球に含まれるヘモグロビンを酸化させる。そうすると赤血球中にハインツ小体というものができてしまうため、脾臓で破壊されたり血管中で破裂したりして、溶血性貧血を起こす。症状としては黄疸やヘモグロビン尿、高カリウム血症があり、高カリウム血症では致命的になる危険性が高い。
この物質は加熱しても毒性が消えないため、オニオンスープなどでも中毒を起こす可能性がある。摂取量と毒性との相関関係は確かめられておらず、動物の種類や個体差も大きいとされるので、わずかな量を摂取しただけで死亡する可能性があり、注意が必要である。

では人間はなぜ食べても大丈夫なのかというと、実は大丈夫ではないのだ。溶血性貧血自体は起こっているのだが、用量依存性、つまりある程度身体も赤血球も大きいので溶血しにくく、してもわずかであるため影響がないのである。なので大量に食べると症状が出ても不思議ではないが、玉ネギやネギを一人で10個や10本食べることはまずないだろう。
それほど大量でなくても、殺菌作用が強く刺激があるため腹痛や下痢を起こしたり、血管拡張作用により頭痛が起きたり、そして口臭が強くなったりするので、ネギは程よく食べたいものである。

幼少時風邪をひくと、焼いたネギをタオルに包んで喉に巻かれた。
アリシンは揮発性なのでそれを吸い込むことで効果があるとか、喉を温めるのが良いとか、とにかく民間療法の域は出ないわけだが、不思議と良くなるような気になったものだ。
まあ、喉に巻くよりネギは美味しく食べた方が良い。
風邪にもその方が良く効くことだろう。


登場した言葉:在来品種
→平成14年10月の台風21号で九十九里沿岸地域の農作物は大きな被害を受けた。その中でなぜかネギは被害が少なく、かつ例年より甘く美味しくなっていた。これをヒントに研究を続けてできたのが、ネギの葉に10倍に薄めた海水を5回以上散布して栽培された、千葉県山武地域の特産品「九十九里海っ子ネギ」である。
今回のBGM:「圧倒的なスタイル-NEGiBAND ver.-」by Negicco
→もうこれしかない。2003年に地元ネギのPRのために結成されたアイドルグループ、Negicco。ライヴを観たことがあるが、楽曲も良く、メンバー3人の人柄も好感が持てた。今年で活動20年の大ベテラン。


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