第52回 黄金の衣


この連載も丸1年続いたことになる。
その映えある52回目のテーマに果たして相応しいのか、今回はとんかつについて書く。

生まれ育った上野という街は、とんかつで有名であった。現在はどうなっているのか離れてしまったのでわからないのだが、当時の上野には有名なとんかつ屋が沢山あり、そのどれもが個性的で美味しかった。とんかつなんてどこでも変わりないでしょ?と思われるかもしれないが、単に肉の味の差だけでなく、その揚げ方に特徴がある店が多かったのだ。ちなみにとんかつはロース派である。
往年の映画(森繁久弥主演『とんかつ一代』)のモデルにもなった「井泉」というとんかつ屋は、上野広小路から湯島側にちょっと入ったところにあったのだが、店内は食通でいつも賑わっていた。「井泉」は日本で初めてかつサンドを考案した店だそうだ。昭和5年創業当時周囲は花街だったので、芸者衆が口元を汚さず食べられるようにとわざと小ぶりのパンを使用したと言う。今では全国区どこでも食べられるかつサンドはここで誕生したのだった。
惜しまれつつ閉店してしまった「双葉」というとんかつ屋は、肉を蒸した後に低温で揚げた(と当時聞いていた)とてもやわらかい黄金色のとんかつに、ケチャップをかけて食べるのが有名であった。閉店前にこの店を訪れた人の感想を読んでみると、このケチャップをかけて食べるという食べ方を知らないようで残念だ。ここのとんかつにはソースよりもケチャップが断然合ったのである。
上野には他にも、「本家ぽん多」や「蓬莱屋」など有名なとんかつ屋があるのだが、自分が住んでいた当時は上記2店がお気に入りであった。

上野のとんかつに対して、浅草は天ぷらが有名である。
雷門通り沿いには三定や葵丸進などの有名店が並んでいるが、本来は蕎麦屋である「尾張屋本店」の天丼が、子供心にとても印象的であった。丼からはみ出す2本の海老天の迫力が懐かしく、昨年浅草に縁があった折に40年ぶりくらいに食べてみたが、当時と変わらぬ味に大満足であった。
もう1軒有名どころとして、浅草寺の裏にある大黒屋が挙げられる。何と言ってもこの店の天ぷらは濃い。色も味も、濃い。ごま油だけを使って揚げたきつね色などと言えたもんじゃない褐色の衣に加え、東京の下町の味と言っていい甘辛い濃厚なタレ。慣れない人にとってはかなり胸焼けしそうな感じではあるが、これでもかと盛り付けられた海老天(ちなみに海老天丼には海老が4本ものっている)を豪快に食べると元気がみなぎる。
東京の天ぷらは関西の天ぷらと比べてかなり色が濃いのが普通なので、初めて関西風の天ぷらを食べた時は驚愕した。食べ物が関東と関西で異なる嗜好に分かれていることを意識したのは、天ぷらが始めであったと思う。

とんかつというもの自体、東京的なものであるのかもしれない。
肉の好みが、東京は豚肉であるのに対し大阪は牛肉なので、関西ではとんかつはあまり人気がないのだろうか。串カツというと、東京では豚肉と玉ねぎを交互に串に刺して衣をつけて揚げたものを指すのに対し、大阪では牛肉を串に刺す。一番驚いたのは、肉じゃがに使う肉が、関東の豚肉に対して関西では牛肉と聞いた時であった。
ことほど左様に地方によって味や料理の常識は異なる。

とんかつにしろ天ぷらにしろ、油物と言われて昨今は健康志向により忌避される傾向がある。ましてや少女などと言ったら、そんなものを食べるよりケーキでも食べているイメージだろう。ケーキにも油脂は結構入っているが。
しかし我々の身体にとって油脂というのは不可欠のものである。重要なエネルギー源としての脂肪のみならず、細胞膜がリン脂質でできているように身体自体を形作る重要な役目もある。質の良い油脂を適切な分量摂取することは、ハリのある艶々のお肌を維持するためにも大事なことなのだ。
さて連載継続記念に、美味しいとんかつでも食べに行こうか。


登場したとんかつ屋:「井泉」
→サイドメニューの「きゅうりとカニのサラダ」が大好物でした。カニカマじゃない本物のカニですよ。
今回のBGM:「Redeemer of Souls」by Judas Priest
→肉食系と言ったらヘビメタ(そうなのか?)。時々無性に聴きたくなる。

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精神科医/元法医学教室助手/少女批評家/Bunkamuraギャラリー「新世紀少女宣言」キュレーション/『夜想ーゴス特集』インタビュー/『夜想ー少女特集』評論/『S-Fマガジンー伊藤計劃特集』アーバンギャルド論/パラボリカ・ビス「アーバンギャルド10周年記念展」キュレーション