第132回 靴下を履いた猫


5本指の靴下が苦手だ。
足趾を広げて刺激するので健康に良いとか、白癬症(所謂水虫)になりにくいとか言われているが、どうも履くとむずむずしてしまって落ち着かない。

とはいえ足が冷えやすいので、靴下自体は欠かせず、真夏でも家でほぼなんらかの靴下を履いている。
お気に入りのソックスは出番が多いため、どうしてもつま先に穴が空きやすいのが悲しい。私の足の爪はかなり頑丈で、特に第1趾の爪は硬く反りかえっている。注意して短く切ったりヤスリで丸くしたりしていても、つま先にかかる力はかなりのもののようで、すぐにつま先が薄くなって穴が空いてしまう。
穴が空いた靴下ほど哀愁の漂うものはない。絶対に靴を脱がないと思っていて履いていったのに脱ぐことになった場合、靴下に穴が空いているのを見られてしまうことほど、情けない経験はないだろう。
だからといってほんの少し穴が空いたからといって、お気に入りの靴下をすぐに捨ててしまうには忍びない。なんといっても他の部分はなんともないのだ。どうしても未練がましくなってしまう。
穴の空いた靴下をどのタイミングで捨てるか問題について、ぜひアンケートを取ってみたいものである。

靴下の歴史は編み物の歴史とほぼ重なると言われている。
言われているのだが、実際はよくわかっていないらしい。紀元前数世紀にアラビアで履いていたという記録があるそうだが、定かではない。現存する最も古い靴下は、4〜5世紀頃にエジプトで作られた厚手の毛糸で編まれた子供用のソックスである。
長い間靴下は手編みであった。16世紀英国で、靴下を編む妻の仕事を楽にしてあげたいと考えた牧師ウィリアム・リーが一念発起して靴下編機を開発、手編みの熟練者の6倍の速度で編めたというその機械は、紆余曲折を経て更に改良されヨーロッパ各国に広がっていった。この頃はまだ靴下の丈は貴族が愛用するブリッチェス(半ズボン)に合わせて長かったが、19世紀にトラウザーズ(長ズボン)が登場したことによって靴下の丈も短くなり、ソックスが生まれる。

日本では古来儀式などでは「襪(しとうず)」と呼ばれる巾着のようなもので足を覆っていたが、一般の人々は裸足であった。平安時代に草履が普及すると共に足袋が用いられるようになるが、最初は「単皮」といって布に皮の底を付けた履物であった。室町時代に「足袋」という表記に変わったが、素材が木綿になったのはなんと江戸時代だそうだ。
日本にメリヤスの靴下が伝えられたのは17世紀前後とされている。このメリヤスとは機械編みを指す古い言い方であり、手編みのものをニットと呼んでいたそうだ。今は編み物は全部ニットだが。現存する最古のメリヤスの靴下は、あの水戸光圀のものである。
明治になるとアメリカから編機を導入して、東京築地で軍足の製造が開始された。その後大阪や愛知、兵庫などでも靴下の生産が盛んになるが、現在日本一の靴下の産地は奈良県広陵町である。

ここで確認しておくと、靴下と呼ばれるものはつま先から足を覆う編物であり、英語では短い靴下をsocks、長い靴下をhoseと呼ぶ。日本でいうソックスはそのままsocksを指し、ハイソックスもhigh socksと同義である。
しかし一般的にニーハイとまとめて言われているものは、本来短い方から膝を覆う位の長さのknee socks、膝上丈のover-knee socks、そして太腿丈のthigh-high socksという名が付いており、ニーハイ=knee highと言うだけでは「膝までの高さの」という意味になってしまうので、これも和製英語のひとつと考えて良い。
私が高校生の頃は校則が厳しく、靴下は白の三つ折りのものしか許可されなかったが、それを密かに伸ばしてハイソックスのように履いている同級生もいた。ソックタッチという、靴下が落ちてこないようにするのり状のものが発売されたのもこの頃である。このソックタッチはハイソックスの伸縮性がよくなって落ちてこなくなってから一時期姿を消していたが、ルーズソックスの大流行に伴って息を吹き返した。その後はまた雌伏の時を過ごしているらしい。

お手元の靴下を今一度見てみてほしい。普通に売られている靴下の形は直角ではなく、120度である。
元々の手編みの時代には直角であったが、機械化に伴い簡単に速く編めるようにしたというのが理由である。つまり踵部を編む際の時間を短縮するために、120度という角度が出てきたのだ。店で半分に畳んで売られるときにきれいな形になるようにというのは、後付けの理屈だろう。
足の形に沿った直角の方が履き心地が良いからとこだわって作られているものもあるが、今は糸自体の伸縮性が良いのでそれほどは違わないような気がする。

靴下を蔑ろにしてはいけない。
パンツやスカートの丈とのバランス、靴から覗く長さ、ふとした拍子に目に入る色。神は細部に宿る。お洒落に於いても、本当にこだわるべきなのは靴下のような小物なのだ。
穴の開いた靴下は早目に捨てることにしよう。


登場した靴下:ニーハイ(ニーソともいう)
→靴下上端とミニスカート下端の間に覗く素足の部分は「絶対領域」と呼ばれている。なにが絶対だと思うが、ヒトは境界に惹かれるものなのだろう。
今回のBGM:「俺の声」by SION
→彼もきっと穴の開いた靴下を捨てられない方だと思う。あくまでも私見。


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