206回 シャボン玉飛んだ


最近、固形石けんに回帰している。
泡のハンドソープ、ボディソープ、洗顔料と、液体状の洗浄剤が多勢を占めるようになった昨今、あらためて固形石けんの良さに目覚めたのだ。

この3年間、人生で未だかつてないほど手を洗ったという人は多いだろう。
コロナウィルスの存在が明らかになってきた当時は、とにかく手を洗えというキャンペーンが大掛かりで行われた。どれくらい洗えばいいかの指標として「Happy Birthday」の歌を一曲歌い終わるまで洗うといいと言われて、動画も沢山拡散された。
これは実際やった人はおわかりだと思うが、かなり長い時間である。普段手を洗うと言っても、おざなりに水に手を浸すくらいだった人にとっては、永遠に洗ってなければならない気持ちだったかもしれない。手術前の術者かというくらい念入りに洗えと言われていたが、今そこまで毎回丁寧に洗っている人はだいぶ減っているのではないか。

手を洗うにしろ顔や体を洗うにしろ、最初から泡で出てきてくれる洗浄剤はとても便利だ。
この泡タイプのハンドソープを最初に開発したのは、花王である。2004年にビオレブランドではじめて泡ハンドソープを発売している。花王はその後も諸々の特許を含んだ泡状洗浄剤を出しているが、サラヤも負けてはいない。
「日本に手洗いの文化を広めた」と豪語するサラヤ。ヤシノミ洗剤で有名なこの会社は、戦後間もない1952年に、赤痢などの感染症予防のために手洗いと同時に殺菌・消毒ができる日本初の薬用石けん液「パールパーム石けん液」と専用容器を開発している。もちろん石けん液の原料はヤシ油だ。
これの姉妹品として開発されたのが「シャボネット石けん液」である。ある程度の年齢以上の人にとっては、学校や公共施設のトイレに必ず備えられていた緑色の石けん液と言えばすぐおわかりになるに違いない。
ヤシ油はアブラヤシという植物から取れるが、広大なボルネオの森がこのアブラヤシのプランテーションによって消滅しているなど、社会的な問題となることも多い。石けんから地球環境に思いを馳せる良い機会である。

液体石けんと固形石けんの違いは何か。
これはまず成分が違う。液体石けんの成分は脂肪酸カリウムで、固形石けんは脂肪酸ナトリウムである。この脂肪酸カリウムや脂肪酸ナトリウムといった脂肪酸アルカリ塩が純石けん分と呼ばれ、水に溶けると界面活性剤になって洗浄力を発揮する。同じ脂肪酸アルカリ塩でも、脂肪酸カリウムの方が水に溶けやすいので、液体石けんに用いられている。
この純石けん分、実は割合が増えるに従って固まりやすくなるという性質がある。そのため液体石けんは液体の状態を保つために、純石けん分は30%以下でなければならない。一方固形石けんは、約90%が純石けん分であることが多いそうだ。そのため固形石けんの方が洗浄力は高いとされている。
液体石けんと違い、固形石けんは直接手にとって使用する。そのため表面には、前に使った人の汚れや、黄色ブドウ球菌やセラチア菌といった細菌が付着している可能性がある。可能性があるどころではなく、実際の調査によっても固形石けんの9割、液体石けんでも詰め替え式容器のものでは高確率で、細菌に汚染されていることがわかっている。
ただ細菌で汚染された固形石けんで手を洗っても、汚染菌が手指に移行することはほとんどないそうだ。もちろんその際にはよく泡立てて洗い、流水でしっかりと洗い流す必要があるが。
液体でも固形でも、そのまま漫然と使用していては清潔を保てないのは同様である。

以上を踏まえると、固形石けんは自宅で自分個人用として使うか、せめて家族と共有くらいにしておいた方が安全そうだ。
では外出先で石けんを使いたいが、誰が使ったかいつから置いてあるのかわからない固形石けんは使いたくない場合はどうすれば良いだろう。
そこで登場するのが、懐かしの紙石けんである。
紙石けんとは、固形石けんを紙のように薄く伸ばした石けんで、フィルム状なので非常に携帯に適している。小さくて薄いので水に濡らすとすぐに溶けて、普通の石けんのように泡立てて使うことができる。
実はこの紙石けん、私が子供の頃に偏愛していたものなのである。昭和生まれの人には覚えがあるだろうが、紙石けんが子供たちの間でブームになったことがあるのだ。当時の紙石けんはすぐ崩れてしまったりと品質はいまいちだったが、色や香りが付いて小さな可愛い容器に何十枚も入っている様子は、子供心にとても惹かれるものがあった。
コロナ禍でこの紙石けんが再び脚光を浴びているそうだ。もう製造を止めようと考えていたメーカーが、いきなり10倍以上の売り上げになって驚いたという話もある。なにが売れるかわからないものである。

感染症如何を問わず、手はこまめに洗いたいものである。
最後に付け加えておくと、幼稚園児の時の私のあだ名は「アライグマ」であった。何かをやったり触ったりする度に手を洗っていたからだが、今こそその名に恥じないように、石けんで30秒以上洗うことを心がけたい。


登場した洗浄剤:石けん
→紀元前3000年頃、古代ローマのサポー(Sapo)の丘で、神への供物として焼いた羊の脂が垂れて灰と混じり出来たのが石けんの元とか。「soap」の語源と言われている。古代メソポタミアのシュメール人も作っていたそうなので、世界各地で同じようなことを思いついたのだろう。もちろん古代エジプトにもあっただろうことは言うまでもない。
今回のBGM:「牛乳石鹸(牧場の牛)」by 中村美沙緒(歌唱)
→1956年に作られて今でも流れているCMソング。「牛乳石鹸 よい石鹸」という歌詞がすぐ浮かぶが、実は3番まである。作詞をした三木鶏郎は、ミツワ石鹸と花王石鹸のCMソングを書いたのみならず、なんと台湾のCMソング第1号である「ハッピー石鹸」も作ったそうだ。


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