第160回 Take Ivy
「あのツタの葉が全部落ちたら、わたしも逝くんだわ」
ご存知オー・ヘンリーの短編小説『最後の一葉(The Last Leaf)』の有名なセリフである。
一枚また一枚と落ちる葉を目にして、病床に伏せったヒロインが悲観的になるのも無理はない。
原作で「the old ivy」と書かれているこのツタだが、観葉植物として人気の所謂アイビーではない。
アイビーはそもそも常緑性である。丈夫で蔓は枯れることなくどこまでも伸びていくため、「死んでも離れない」という恐ろしい花言葉を持つほどだ。ウコギ科で学名はヘデラ、和名はセイヨウキヅタと名付けられていて、世界中に数百種の品種がある。
英語ではEnglish ivyと言うので、アイビーと呼ばれることが多いが、ヘデラが正式な名称だ。
ヘデラもツタも蔓性の植物であるが、ツタはブドウ科で落葉性だ。なので『最後の一葉』に登場する「ivy」がツタであるのは確かだろう。
ヘンリーヅタという品種がある。一瞬オー・ヘンリーの名前からとったツタかと思うが、こちらの名前の由来は、アイルランドの植物採集家オーガスティン・ヘンリーが1880年代に中国で発見して自分の名を付けたとのこと。その後これまた有名な植物採集家(この時代流行った職業なのだろうか)であるアーネスト・ヘンリー・ウィルソンによってイギリスに持ち込まれたそうだ。いずれも『最後の一葉』が書かれる前の話なので、ヘンリーヅタは小説に出てくるivyとは関係ない。
そうなるとおそらく登場するツタは、アメリカヅタかボストンヅタである。
アイビーリーグの名前の由来ともなったボストンヅタ(Boston ivy)は、実は日本や中国など東アジア原産だ。
1862年に英国のヴァーチ商会が日本からツタを輸入し、1868年に市販を始めた。その前年1967年の第2回パリ万博に出品されたこのツタにいち早く目をつけた米国の種苗業者のジョン・チャールトンは、1868年にツタを入手して栽培、1869年に売り出すに至る。最初は苗2つしか売れなかったそうだが、年を追うごとに人気が高まり、ボストン市で特に多く植栽されたため、Boston ivyと呼ばれるようになった。
それに対してアメリカヅタ(American ivy)は北米東部原産の木本で、Virginia creeperとも呼ばれる。こちらも秋には美しく紅葉し落葉するが、紅葉の美しさではボストンヅタの方が勝るとされている。
さて作品に登場するのはどちらだろう。
『最後の一葉』が発表されたのは1905年である。
1880年代後半には、オー・ヘンリーが活躍したニューヨークでもボストンヅタは普及していた。となると、原産のアメリカヅタでも外来のボストンヅタでも、十分年数を経た「the old ivy」にはなり得る。
ここでひとつヒントになるのは、壁面への付着性だ。ボストンヅタはアメリカヅタよりも壁にしっかりと付着して、壁一面に葉を敷き詰めたようになるが、アメリカヅタはそれに比べると庭園に向くとされる向きがあるようで、両者は使い分けられることが多かった。
となると『最後の一葉』のキモとなるツタは、日本原産のボストンヅタである可能性が高い。
1964年に発売されたペギー葉山のシングル「学生時代」は大ヒットして、その後ミリオンセラーを記録した。いまでも歌い出しの「つたのからまるチャペルで 祈りを捧げた日」という歌詞を、懐かしく思い出す年配者は多いだろう。
ツタ自体は、古来から日本に自生して家紋にも多く用いられた、我々にとって馴染みの植物である。つる性で巻きひげの先にある吸盤で樹木や壁面を「伝う(つたう)」ことからツタという名前になったとのこと。ただ木造の日本家屋でツタに覆われているというと、どうしても廃屋のイメージが強い。
それに対して石造りの西洋建築でツタが壁面を覆っている風景は、風情があってさまになる。実際に見たことがなくても、なぜか歌のように教会の外壁はツタで覆われているものだと思っている人も多いのではないか。
日本でもツタを使った外壁の緑化は「緑のカーテン」などと呼ばれて、助成金が出る場合もあるのだそうだ。夏涼しく冬暖かいといった省エネ効果を期待してツタを生やす家も多いだろう。
しかし相手はなんといっても植物という生き物である。特にツタは繁殖力旺盛で、放っておくと家を覆い尽くしてしまったり、枯葉が落ちて始末に負えなかったりすることも考えなくてはならない。
たとえ最後の一葉が落ちたとしても、外壁にしっかりと吸盤でしがみついた気根は、しぶとく生き残りまた次の年に旺盛に葉を茂らせる。
小説のヒロインも悲観的なことなど言わず、ツタにあやかって老画家の分まで長生きするというものだ。
登場した大学:アイビーリーグ
→米国北東部の8つの名門私立大学の総称である。ツタを這わせた校舎が立ち並ぶことからつけられたと言う。
今回のBGM:「Take Ten」by Paul Desmond
→アイビーリーガーたちも愛したジャズ。「Take Five」の作者のポール・デスモンドは自らの死に際して著作権をアメリカ赤十字社に寄贈したそうだ。
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