第151回 回転する世界の静止点


よく転ぶ子供であった。
走れば転ぶ。段差があれば転ぶ。何もないところでも転ぶ。
転べば当然怪我をする。生傷の絶え間がない状態で、小学生の頃どこも怪我をしないで帰ってくると親に驚かれるほどであった。
擦り傷(挫創)、切り傷(切創)、打ち身(打撲)、たんこぶ(皮下血腫)などなど、よくもまあ毎日怪我をしたものだ。

思うにこれは、バランス感覚が悪かったせいだろう。
そういえば乗り物酔いもし易かった。遠足のバスなどは鬼門で、着く頃には気持ちが悪くてよろよろしていることも多かった。
鉄棒で回転するのも気分が悪くなったほどなので、公園の遊具でもぐるぐる回る系のものは苦手だったが、本当はそういうもので遊ぶことによって、子供のバランス感覚は鍛えられていくのだと思う。
鍛えられる前に挫折してしまったので、いまだに遊園地などでも回る系のアトラクションは苦手だ。

バランスを良くするためには、体幹の筋力がしっかりしていることと、平衡機能が正常に働いていることの両方が必須である。
体幹の筋力は、比較的短時間で強化・維持できる。平均台やバランスボードを用いる方法もあるが、一番簡単なのは片足バランスを呼ばれる所謂片足立ちだ。ちなみに高校の時の体力テストでこの片足立ちがあったが、どれくらい長く立っていられるかのテストで、7秒という不名誉な最低記録を作ってしまった。

体のバランスを平衡に保つためには、眼・耳・筋肉という3つの感覚情報を小脳が統合し、頭と眼の動きを制御することが必要になる。この経路のどこが調子悪くても、バランスが取れなかったり眩暈が出たりするのだ。
視覚情報によって、周囲の足元の状態や障害物を見つけて足を上げたり迂回したりすることはできるが、3次元の情報に変換するのに時間がかかりどうしても対応は遅くなる。
今どこの筋肉や関節に力がかかっているのかという深部感覚も、足元が柔らかかったりすれば感覚が伝わりにくい。
一番鋭敏に対応できるのが、耳の感覚である。耳の奥の内耳と呼ばれる部分には、前庭という感覚器が存在する。前庭は、直線方向の動きや重力・遠心力を感知するための卵形嚢・球形嚢から成る耳石器という器官と、回転運動を感知する三半規管からできている。
眩暈はこの内耳に原因がある場合が多いが、脳に異常があることもあるため注意が必要である。

乗り物酔いは、視覚から得られる情報と平衡感覚から予想される体の動きが合致しない場合に、発症し易い。特に車や船など、本来の自分の体で起こりうる動き以上の動きが加えられると、平衡感覚の情報が過剰になるため、脳が混乱するのだ。
車の運転手は、視覚情報から自分の体の動きを予想できるため乗り物酔いをし難いが、後方座席に座る人は視覚情報を得難いため動きを予想できず、酔い易くなる。 
また乗り物酔いは一度経験すると、同じような状況で症状が出易くなる。また酔ったらどうしようという予期不安も関係するのだろう。

乗り物酔いはし易いはすぐ転ぶはと、耳も筋力も情けない私であったが、年をとるにつれ少しずつましにはなっていった。
調子にのって厚底ブーツを履いて出かけていた時分、前にも書いたかもしれないが、思い切り転んだことがある。電車の時間が迫っていたので慌てて走ろうとした瞬間、細かい凹凸のある路面に足を取られ派手に転んだ。
両手に荷物を持っていたので手が着けず、まさに「ビタン!」という擬音のように顔と体前面を地面に強打した。その場で見送ってくれていた連れ合いの証言によれば、両膝から下が絵に描いたように地面からL字型になっていたそうだ。
大人になってから転んだことのある方はおわかりだと思うが、衆人環視の中派手に転ぶことほどバツの悪いことはない。恥ずかしさのあまり心配する周囲をよそに「大丈夫です」とその場を一刻も早く立ち去り、あとになってから結構な怪我をしていることに気付くというのも、よくあることだ。私もこの時なんとか間に合って乗車した列車の中で、そこかしこ流血の事態になっていることにやっと気付いた次第である。
本当は転んだらしばらくはそこでじっとしているのが一番なのだ。転ぶこと自体、十分「大丈夫」ではないのだから。

魔法少女が空中を飛び回るように、自由自在に動ければどんなに気持ちが良いことだろうとは思う。
重力をものともせず身軽に跳ぶには、それこそ平衡感覚に加えて身体機能の高さが必要となる。
今から鍛えようなどとは思わないが、せめて走っても転ばない程度の身体能力は維持していたい。筋力大事。 


登場した運動具:鉄棒
→逆上がりはついにできなかった。後悔はしていない。
今回のBGM:「太陽と君が描くSTORY」by SCANDAL
→ガールズバンドが長く続くことは稀である。その中でも15年にわたってメンバーチェンジ無しに突っ走る彼女たちは格好良いよ。


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