第157回 重ねられた年輪
好きな菓子を問われたら、バウムクーヘンと答えたい。
いまでこそコンビニの手軽なスイーツでも定番となっているバウムクーヘンだが、元々はドイツの伝統的な菓子である。本来クリスマスや結婚式などの特別な時に食べられるものであるため、ドイツ人でも食べたことがなく、来日して初めて食べたという人も多いそうだ。
とにかくドイツ語でバウムは木、クーヘンは菓子を表す。切るとまるで木の年輪のようなこの菓子は、この100年近く日本で愛されてきた。
バウムクーヘンの歴史は古く、紀元前ギリシャに遡ると言われている。
紀元前ギリシャに木の棒にパン生地を巻きつけて焼いた「オベリアス」という食べ物があり、それが原型という説が一般的だが、そこから1800年代のドイツまでいきなり飛ぶのはあまりにも無謀ではないか。
中世ポーランド・リトアニア連合王国の「シャコティス」または「センカチュ」が起源とか、ハンガリーの「キュルテーシュカラーチ」を起源とするという方が現実的な気がするが、そのあたりはドイツのプライドとして許せないのかもしれない。
現在のような形のバウムクーヘンは、ドイツのザクセン=アンハルト州にあるザルツヴェーデルで1800年初頭に作られたという説が有力だ。ザルツヴェーデルには、最古に書かれたバウムクーヘンのレシピが今でも残っている。
そして日本でバウムクーヘンといえばユーハイム。
日本のバウムクーヘンの歴史は、ドイツの租借地であった中国・青島で喫茶店を営んでいたドイツ人のカール・ユーハイムが、第一次世界大戦で日本に捕虜として連れてこられたことから始まる。収容中の1919年3月4日広島物産陳列館で開催されたドイツ物産展示会に「ピラミッドケーキ」という名で出品したのが最初と言われている。3月4日はこれにちなんで「バウムクーヘンの日」に制定された。
戦後カールは日本に残り、1921年に横浜で「ユーハイム」を開業したが関東大震災で店が焼失、知り合いを頼って神戸に移り新しい店舗を構えた。これが現在のユーハイムの元となった。
1960年代になって本場ドイツに視察に行った会長が、名前を一般的な「バウムクーヘン」に変更して今に至る。
本来バウムクーヘンはその製法に厳しい規定がある。ドイツ国立菓子協会によって決まられているその定義は、卵:バター:小麦:砂糖の比率は2:1:1:1、バター以外の油脂は使用してはならない(マーガリンなどは不可)、ベーキングパウダーは使用してはならないという厳格なものだ。
また専用の機械や道具が必要で手間がかかる上に、職人の技術も必須である。ドイツのマイスター学校の卒業制作がバウムクーヘンを焼き上げることだというのだから、如何に難しいかがわかるだろう。また直火をあびながら薄い一層一層を神経を使って焼き上げるため、バウムクーヘン職人は長生きしないといわれたそうだ。おそるべし、バウムクーヘン。
バウムクーヘンは、一切れではなくやはり一本丸ごと購入したい。
食べやすいように一切れずつパックになっているものもあるが、円筒状のものを切って食べるのが楽しい。このとき切り方は縦に切るのではなく、ナイフで削いで食べるのが正式だそうだ。その方が断面積が大きくなるので、生地の香りがより楽しめるとのこと。生クリームを添えればさらにドイツ風になる。
この10年程でバウムクーヘン専門店なるものがいくつも人気となっている。行列のできる店もあったりして、それぞれ個性があって食べ比べるのも楽しい。
ただ一般的に日本ではふわふわの生地が好まれるようだが、私はどっしりしっとりしていてしっかり甘いのが好きだ。「品の良い甘さ」などという体裁の良いものではなく、十分に甘く濃厚な味のもの。沢山はいらないので(いや、いるか)、そういう重厚なバウムクーヘンが食べたい。
近場で大変好みの状態のバウムクーヘンがあったのだが、時流に合わせたのかレシピが変わってしまい、普通のふわふわのものになったのがとても残念である。
今でもユーハイムでは、創業者カール・ユーハイムが作った当時のレシピを再現した「デアバウム」というバウムクーヘンが食べられるそうだ。
いつかユーハイム本店で思い切り食べてみたい。もちろん削ぎ切りで。
登場した菓子名:ピラミッドケーキ
→上に向かって細くなる円筒状であるため、イメージしやすいように名付けたそうだ。
今回のBGM:「(タイトルなし)」by Rammstein
→2回目の登場。ドイツですから。
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