172回 こたつみかん


いまこの文章をこたつに入って読んでいる人はどれくらいいるだろう。

こたつは炬燵と書く。現在はほとんどが電気こたつだろうが、元々は中に熾した炭を入れて温まる暖房装置であった。炭を使った練炭こたつや豆炭こたつは一酸化中毒の危険があるため、いまでは扱いが簡単な電気こたつが主流となっている。
電気コタツのアイデアは大正末期にすでにあったようだが、全国的に普及したのは昭和30年代だそうだ。現在のように熱源が上に張り付いている形式は「上部加熱式やぐらこたつ」と呼ばれる。
最初は熱源部分が白かったが、それだと本当に温まるのか疑われて売れず、赤い光を出す熱源にしたところよく売れるようになった。こたつの中が赤々と照らされているのは視覚的には暖かそうだが、あまり目には良くない。
とかく猫はこたつに入りたがるが、赤い光のせいで猫の目が悪くなるのであまり入れるなと言われていた。今は可視光線は出さずに暗いままで近・遠赤外線を出すモデルが多いので、猫にも優しい。

室内の平均温度が一番低い県がどこか、ご存知だろうか。
答えは長野県である。そして長野県は、都道府県別のこたつ所有率でも福島県と並んで同率2位である。因みに1位は僅差で山梨県。室内全体を暖かくするのではなく、局所的にこたつで暖を取ることを好む長野県人。
同じく寒い土地である北海道のこたつ所有率は最低の47位で、沖縄よりも低い。北海道は住宅全体を床暖房やセントラルヒーティングで温め、常に室内を一定温度に保つようにしている場合が多いのだ。なのでこたつに入る必要がない。ただしこれには暖房費が大幅にかかるという問題がある。
それに対して、室内温度は低くてもこたつがあるから平気という信州の人は多い。実際冬の屋外でもこちらからみればかなり薄着で、寒さに強いと思われるのだが、どうなのだろう。
冬の信州はエアコンなどでは到底どうにもならない程寒いのだ。最高気温がマイナスという真冬日も多い。雪が降っても降らなくても寒い。いや、かえって降らない方が晴れて放射冷却が起こるので、気温は下がる。
頭寒足熱という言葉あるくらいだから、本来室温は低目でも足をこたつで温めている方が、頭はよく冴える(はず)。こたつは理にかなった暖房器具なのだ。

こたつに似た暖房装置は、世界各地にも存在する。中央アジアや南アジアには日本のこたつとそっくりなコルシやサンダリという家具があるが、こたつを用いるのは主に床に座る文化を持つ土地だろう。ただし韓国にはオンドルという床暖房があるのでこたつはない。
こたつに入る時の足の位置は伸ばすか胡座をかくか、さもなくば正座をするかということになる。どうにも足の置きどころがない場合は、掘りごたつがあると楽だ。ただ掘りごたつは住宅の構造自体と一体化されているため、普通のこたつのように移動できない。今の住宅事情で掘りごたつをわざわざ作る家は珍しいと思われる。なぜか掘りごたつ形式は床暖房と一体化して、居酒屋で人気を誇っている。
下に掘れないなら上に伸ばすということで、普通の高さのテーブルにこたつがついた、こたつテーブルやダイニングこたつと呼ばれるものも売られている。こちらは椅子に座ったまま入れるという代物なので足は楽だが、なにぶんにも高さがあるのであまり温かくない。どこか中途半端な印象を受ける。
江戸時代のこたつは櫓を組んだ上に布団をかけただけのものだったが、現在は夏場は布団を外してそのまま座卓として使えるように、こたつ布団の上に天板を置いて使われる。このようなこたつは家具調こたつまたは暖卓というそうだ。

こたつには「おこた」という少女趣味の可愛らしい呼び方があり、「おこたに入る」というとぬくぬくした暖かい響きを感じる。
ただこたつには、いったん入るとなかなか出られないという罠がある。部屋自体が寒いので出たくなくなるのだ。かくしてこたつの周りの手の届く範囲に必要なものが散乱するという状態となり、その中にはこたつには欠かせないミカンのかごもあるだろう。
こたつから出られないこと、これをこたつの魔力と呼ぶ。
一度でも使ったことがあれば、こたつの魔力の恐ろしさは身に沁みてわかるものだ。立てない。出られない。周囲に物は散らばり堆積する。
それでもこたつに入れば足は温もり至福の気分。
一年のうちこたつが立てられていないのは、7月初めから9月半ばだけ(梅雨時は寒いので必須)という寒冷地に於いて、こたつは欠かすことのできない生活必需品なのである。


登場した地名:信州
→長野県の人、特に長野市以外の人は「長野」という呼称をあまり好まない。それよりも全県を指すときは「信州」という言い方をすることが多い。なので県民も「長野県人」ではなく「信州人」と呼ばれる。
今回のBGM:「はっぴいえんど」by はっぴいえんど
→日本語ロックの嚆矢と言われるこのアルバム1曲目「春よ来い」にこたつが登場する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?