第107回 そば食いねぇ


信州といえばそば。
我が家の近くにも20軒以上のそば屋がある。何年か前にはそば屋のスタンプラリーをやっていた程だ。
手打ちかどうかだけでなく、そば粉の割合にもその店独自のこだわりが出る。そしてそば自体の味はもちろんだが、実はそばつゆの味の部分こそ一番好みが分かれるところだと思う。甘めか辛めか。この「辛め」というのはここでは当然「塩辛い」方を指す。

生まれ育った東京はそば文化圏に属する。
落語では噺家が美味しそうにそばをすする場面が出てくるが、つゆにほとんどつけずに食べるのが江戸っ子の粋だとか。これはやせ我慢の美学なので、落語でも「死ぬまでに一度たっぷりつゆをつけて食べたかった」というセリフが出てきたりする。好きなだけつければいいのにというのは、まあ野暮なんだろう。
そういえば「水そば」なるものがあり、これはそばつゆを使わず美味しい水につけて食べるというものだ。そばの風味がより感じられるそうだが、私はやはりそばつゆにたっぷりとつけて食べたい。

東京にも有名なそば屋は沢山ある。
上野に住んでいた頃は、池の端の蓮玉庵と神田のやぶそばが馴染みだった。創業140年を誇る神田のやぶそばはその名の通り竹林に囲まれた風情のある建物だったが、残念なことに数年前に火事で焼失してしまった。その後再建されたと聞くが、新しい店にはまだ訪れたことはない。
こちらも創業161年という蓮玉庵は数々の文豪に愛された通好みの店で、つゆはかなりの辛口であった。店主がそばちょこのコレクターであり、店の壁にずらっと並んでいたのが印象的だったが、このそばちょこというのがまた趣味人のアイテムで、それはまた別の話。
上記の店のそばはどちらも程よいバランスでそば粉が調整されていると思われるが、そばには「更科」という特別なそばがある。そばの実を挽く際に、最初に出る白い一番粉を使用したそばで、麻布の更科が有名である。江戸っ子に愛されたこの更科そばは喉越しは非常に良いのだが、上品すぎてそばの風味はあまり感じられない。
今では十割そばといって、つなぎを加えずそば粉だけで作られたそばも人気があるが、そば粉だけだとどうしてもぼそぼそと切れやすい。二八そば程度が丁度いいのだろう。ちなみにつなぎとして用いられるのは通常は小麦粉だが、その他長芋や布海苔(新潟十日町のへぎそば)のものもある。

そばは痩せた土地や酸性土壌でも成長することから、世界各地で食用にされているが、原産地は中国雲南省北部と言われている。一般的な穀物がイネ科であるのに対し、そばはタデ科である。日本では縄文時代から食べられていたようで、5世紀頃から本格的に栽培されていたとのこと。現在日本のそばの主産地は、意外にも信州ではなく北海道である。
そばの実を挽いたそば粉の食べ方としては、長い間「そばがき」という練って塊状にしたものがメインであった。それが江戸時代に「そば切り」という麺状にした食べ方が発明され、大流行した。このそば切りについて書かれている一番古い文献が、長野県にある寺の修復工事の1574年の寄進記録だそうで、これをもって信州そばの起源の拠り所としてもよいのではないだろうか。
夏の終わり頃、蕎麦の白い花が一面に咲き揃っている風景は、信州の風物詩としてとても素敵だ。10月の終わり頃店に出る「新そば」はまた格段に香りが高く爽やかで、この季節だけの毎年のお楽しみだ。

そばというと立ち食いそばのイメージがあるため、少女とはあまり結びつかないかもしれない。すする、という食べ方も似つかわしくないと思われる理由のひとつであろう。
しかし近年そばは、低カロリーで高タンパクの優秀な健康食品として再認識されつつある。ビタミンB群やミネラルも豊富であり、そば茶としても使われる韃靼そばには血管を守ると言われる多量のルチンが含まれている。
世界的にもそばは愛されており、ロシアの家庭料理であるカーシャはそばの実を軟らかく似た粥状の料理で、フランスではそば粉を使ったクレープのガレットが有名だ。
それでも私としては、やはり一番そばの香りが楽しめるそば切りを推す。ここは多少お行儀が悪くても、豪快にすすって食べるのがいい。
つゆをどの程度つけるのかは、好みにおまかせします。


登場した手法:手打ち
→信州人はみんなそば打ちができるという噂があるが、実際家にそば打ち用のこね鉢と麺棒があるという知り合いは多い。
今回のBGM:「X-4 | Xenakis: Works for piano」 by 高橋アキ
→クセナキスが武満徹と一緒にそばを食べている有名な写真がある。


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