第44回 永遠の謎


最近は映画館で映画を観る機会が極端に減ってしまった。
ひとつの理由としては、気軽に観に行ける範囲に映画館がないということがある。現在地方在住なので、クルマで1時間近く走らなければ映画館に辿り着けないのだ。
同じ地方でも松本市内に住んでいた大学生の頃は、歩いて行けるところに映画館が沢山あった。その頃の松本には本当に沢山の映画館があったのだが、どれも昔ながらの設備だったのでなかなかに味わい深い経験もできた。なかでもごく小さな名画座的な映画館は、開演時スクリーンの前の幕を後方の映写技師が手で紐を引っ張って開けるという、なんともレトロなものであった。今では郊外型の大規模な映画館に取って代わられてしまい、市内にあったそのような映画館はほぼ全滅してしまった。
最新の設備でゆったりと観られる最近の映画館はもちろん楽しいのだが、そういった趣のある映画館も時折懐かしく感じられている。

東京にいた10代の頃、高校生から最初の大学生のあたりに、狂ったように映画を観ていた時期があった。1ヶ月に28本観たのが最高だったと思う。
きっかけはファンであった坂本龍一が主演した「戦場のメリークリスマス」だった。今はなき巣鴨の三百人劇場で「大島渚フェア」が開催されたので、回数券を買ってせっせと通って観た。ちなみに一番気に入った作品は「青春残酷物語」だ。
その頃は他にも沢山の映画、ロードショーも名画座の2本立ても問わず観まくったのだが、その中の1本の映画に心から魅了された。それが当時29歳だった林海象監督のデビュー作である「夢みるように眠りたい」である。映画を愛し、映画というものの本質を描いたこの作品は、こののち幾多の映画を観た後も、私の中のベストであり続けた。
この「夢みるように眠りたい」の長年行方不明だったオリジナル・フィルムが発見され、デジタルリマスター版制作のためのクラウドファンディングが開始されたと聞いた時、迷わずバッカーとなって支援を行なった。めでたく目標金額が達成されデジタルリマスタリングが開始、そして完成したフィルムの支援者限定特別試写会が開催となる。
実はこれに参加する前わずかに不安を感じていた。最初に観た時から30年以上経っている映画を、今もう一度観てあの時のように感動できるだろうか、自分自身10代の頃と同じ思いでいられるだろうかと危惧したのだ。しかしそんな不安は杞憂に終わった。初めて観る映画のように胸が高鳴り、魚塚探偵(これがデビュー作となる佐野史郎が演じている)の一挙手一投足にハラハラして、最後にはやはり涙が止まらなかった。

「白黒・ニューサイレント映画」と銘打たれているように、全編モノクロームに加えて、効果音以外のセリフはほぼ全て画面にテキストで現れるため、極端に静かな映画である。観客は、俳優のセリフのみならず他のあらゆる情景に、自分で想像して音や色をつける必要がある。思うのだが、最近の映像はあまりにも饒舌で情報が多過ぎるため、観る側の想像の余地をかえって狭めているような気がしないでもない。完全に受け身でコントロールされているそのような映像に慣れていると、この映画のもつ余白の多さがとても新鮮でかけがえのないものに思えてくる。
終わらせることができなかった映画、閉じられなかった物語。『永遠の謎』を解いて映画は映画の中で完結しなければならない。不幸な時代の圧力で完結できなかった『永遠の謎』は、時代を超えて桔梗姫という名の少女を救うことで、一人の女優の人生を全うさせる。
そして永遠の謎を解かれた少女は映画という夢の中で生き続けるのだ。


登場した映画:「戦場のメリークリスマス」大島渚監督
→自慢じゃあないが(すみません自慢です)、公開初日の銀座の映画館、始発で駆けつけて一番乗りを果たしました。
今回のBGM:「夢みるように眠りたい」 by 佳村萌
→劇中劇である『永遠の謎』の中で、佳村萌演じる桔梗姫が歌う子守唄。儚く可憐で夢のように美しい。

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