237回 絶対少女主義


「少女」と「乙女」の違いについて、ずっと考えている。
いまも「おとめ」と打って変換すると「少女」という漢字が出てきた。
「少女趣味」とは言うが「乙女趣味」とは言わない。「乙女心」に対して「少女心」という言い方はない。「乙女チック」という言葉があったが「少女チック」など聞いたことがない。
どちらかというと「乙女」の方が古風で「少女」の方が現代的なイメージもないことはないが、おそらくそれだけではないだろう。
ひとそれぞれのとらえ方があって良いが、ここでは少女批評家を名乗る私の考える「少女」と「乙女」の違いを考察してみたい。

まず「乙女」という言葉から考えてみる。
乙女は古い日本語では「をとめ」であり、その対義語は「をとこ」であった。一説によると、「をと」というのは「をつ=復つ」という動詞からきており、「若返る」という意味だそうだ。そうすると「め」は女性、「こ」は男性を指すので、それぞれ「若い女性と「若い男性」という意味になる。
他には「を」は小さく可愛らしいことを意味する接頭辞の「を(小)」と関係があるという説もあるので、どちらが正しいかはとりあえず横に置いておく。
一方「乙」にも「若い・美しい」という意味がある。「乙」の発音は「おつ・おと」である。本来「お」と「を」は異なる発音だったが、室町時代頃から区別がなくなって混同されるようになった。その頃から「をとめ」に対して「乙女」という表記が現れたようだ。
「乙女」というのはそもそも当て字なのである。

では「少女」はどうか。
こちらは「年若い女子」ということで、7歳前後(10歳という説も)から18歳前後までの成年に達しない女子を指すとのこと。古代日本の律令制に於いては、「17歳以上20歳(のち21歳)以下の女子」と定められていたそうなので、時代が下るに従って年齢が下がったことになる。
上の段で書いたように、「をとめ」は「をとこ」と対を成す言葉であったが、「をとこ」が若者だけでなく男性一般を指すようになったため、女性一般を指す「をんな」と対を成すように変わった。それに伴い平安時代になると「をとめ」を「少女」と記し、天女や巫女を表すようになったそうだ。
同じ「をとめ」でも、あくまでも人間の範疇である「乙女」に対して、「少女」は人外の存在になったことになる。

1970年台末頃から、少女漫画に「乙女チック」と呼ばれるブームが訪れた。当時の誌上では「おとめちっく」とひらがな表記である。
具体的には、陸奥A子・田淵由美子・太刀掛秀子といった雑誌「りぼん」系列の作家が描く、学園を舞台にしたラブコメものの系譜で、ほんわかとした描線と日常的で親しみのある舞台が、10代を中心にかなりの人気を博した。
乙女チック路線に登場する女子は、どちらかといえば内向的で受け身、言ってみれば保守的な女の子像に近いと思われる。
それに対して1982年から「りぼん」に連載された「ときめきトゥナイト」、1992年から「なかよし」に連載された「美少女戦士セーラームーン」は、どちらも根底に流れるのはラブストーリーとはいえ、その奇想天外な設定と主人公が特別な力を持って戦うという内容が、世代を超えて社会現象となる程の大人気となった。
特に「セーラームーン」は、アニメ化やミュージカル化され世界中で人気を博し、今に至るまで続く「戦う少女」というジャンルを創り出した。

「少女趣味」という言葉は、辞書によると「思春期の女性に共通してもられる好み、感傷的で甘美な情緒を好む傾向をいう」とあるが、この定義は少々古くさい気がする。またこの言葉を侮蔑的に貶すために用いることもあるが、ここではそのようなマイナスの使い方ではなく、プラスの意味にとらえる。
いま「少女趣味」といえば、端的に「可愛く美しいものを愛でる傾向」としてもいいのではないか。そしてそのような嗜好をもつ人は、性別年代を問わず「少女」としようではないか。
もちろん「乙女」にもそのような嗜好はあるだろうが、それはひっそりと自分の部屋だけで愛でるだけのものであったと思う。外部に対してもその「少女趣味」を表出するには、ある種の覚悟が必要とされる。
ロリィタが良い例だ。フリルとレエス満載の服を着る時は、少なからず心無い嘲笑や揶揄の視線にさらされることを覚悟しなければならない。それに打ち勝ち自らの「少女趣味」を貫くためには、そのようなマイナス感情と戦わなければならないのだ。

「乙女」が優しく柔らかく穏やかな存在であるとすれば、私の考える「少女」は鋭利な刃物のように鋭く硬いアグレッシヴな存在だ。
以前「戦闘美少女」という言葉が流行ったが、“美”少女とは限らないあらゆる外圧と戦う存在としての「少女」。「少女」を略奪したり搾取したり嘲ったりする何者からも侵犯されないために戦う存在。
「少女」で在り続けることは、様々な困難を伴う。しかし明らかなかたちで「少女」として存在していなくても、その精神の中に少女性を内包することで、我々は「少女」として在ることができるのだ。

私の中に「乙女」はいない。
ただ「少女」が真っ直ぐ前を向いて佇んでいる。


登場した漫画(アニメ):「美少女戦士セーラームーン」
→「プリキュア」シリーズにもその名脈がつながる戦闘少女もの。私は「セーラームーン」世代ではないが、この連載の初期に書いたようにかつての「魔法少女」ものは「戦闘少女」の元祖と言ってもいいのでは。
今回のBGM:「バトル アンド ロマンス」by ももいろクローバー
→「セーラームーン」シリーズ中で、ももいろクローバーZとして2回オープニングソングを担当している。ここはまだグループ名にZがついていない1stアルバムを。


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