247回 苔のむすまで


「Like A Rolling Stone」といえば、ボブ・ディランの有名な楽曲だが、実はしっかり聴いたことはなかった。白状すると、転がる石のように自由に生きよう、というようなことを歌っているのだろうと勘違いしていた。お恥ずかしい限りである。
実はこの歌の歌詞はかなりシビアで、裕福な上流階級出身の一人の女性(Miss Lonely)が調子に乗り甘言に騙され落ちぶれていく様を描いているのだ。歌詞の中に出てくる「Like a rolling stone」というフレーズの意味も、私が考えていたような楽観的なものではなく、家を失い路上生活者になり、そこら辺に転がっている石みたいな存在に成り果てた様子を例えているのである。
いや、あらためて歌詞を読んでみて驚いた。

「転石苔むさず」と書けば、何か中国の漢詩のようだが、元々はイギリスの古いことわざ「A rolling stone gathers no moss」からきている。
そもそもの起源ははっきりとはしないようで、16世紀に発行された『格言集』にエラスムスの言葉として掲載されたことで、有名になったそうだ。エラスムスはラテン語で記していたが、本に載ったのは英訳されたものである。
19世紀までのイギリスでは、「職業や住まいを転々とする人は成功できない」と言う意味で使われていた。これは苔を良いものと考えているからであり、如何にもイギリス的と言えよう。苔が生えるには石は同じ場所に止まっていなければならない。伝統と歴史を重んじるイギリスならではの捉え方である。
以前クルマ関連の番組で見たのだと思うが、イギリスのクルマで内装に苔を生やしているのがあった。生えてしまったのではなく大事に育てているようで、持ち主が「Moisture!」と嬉しそうに言っていたのを覚えている。

日本でも苔好きは多い。なんと言っても国歌に苔が出てくる。
世界遺産にも登録されている京都の西芳寺は、苔寺と呼ばれるように、120種類の苔に覆い尽くされている。35000平方メートルの庭が一面緑の苔に覆われている風景は、圧巻だ。
寺の歴史は1300年前に遡るが、庭自体は造園技術に優れた高僧である夢想國師によって1339年に作られた。当時は白砂と松の枯山水だったというが、江戸時代末期から庭が荒れ始めたことで次第に苔が生え始めたとのこと。それから200年の時を経て、庭は多様な苔によって全て緑に覆われている。
因みに夢想國師によって造られた枯山水は、あらゆる枯山水の原点であり最高峰と言われているそうだ(こちらは現在非公開)。この枯山水も苔に覆われている。
遥か昔に修学旅行で訪れた際に、その緑色の多彩さとふかふかの感触に感動したものだ。その後あまりにも多くの観光客が訪れるようになり、苔が痛み始めたため、今では参拝には事前の申し込みが必要となった。
苔はどこにでも生えるわけではない。意外と繊細なものなのである。

20年程前からであろうか、苔玉がブームと言われてきた。
苔玉盆栽自体は江戸時代に流行したそうだが、敢えて鉢などに入れず苔自体を楽しむものが、苔玉だ。どんな苔でも良いわけではなく、やはり苔玉に適した種類の苔というものがある。ヤマゴケやハイゴケという種類がよく使われるとのこと。
とはいえ苔玉は苔だけで出来ているのではない。芯になる植物があり、その根を用土で球状に包んだものに苔を貼り付けて糸で固定するという、盆栽に於ける「根洗い」と呼ばれる手法で造られている。コロンとした苔の球体から細い植物が生えている様子は、なかなかに愛らしい。
最近はもっと簡単な「苔テラリウム」と呼ばれるものも出てきた。こちらは、アクリルなどの透明な容器に苔などを植え付けて楽しむ。苔の種類は、スギゴケがよく使われる。
苔の緑は目に優しく、心も潤う。まさに「Moisture!」である。

苔が生えることを良しとしたイギリスと日本だが、これがアメリカに渡ると意味が正反対になる。
何と言っても開拓者精神だ。苔が生えるまでひとつところに留まるなんてとんでもない。
「A rolling stone gathers no moss」ということわざも、「常に活動している人は時代に遅れることがない」というとてもポジティヴな意味に変わる。実にアメリカらしいと思う。
そしていまや日本でもこちらの意味で使われることも多くなっているので、「転石苔むさず」と言われても、良い意味なのか悪い意味なのか迷うところである。

私としてはやはり、苔が生えないよう常に転がっていきたい。
たとえそれがいばらの道であろうとも。


登場したアーティスト:ボブ・ディラン
→「Like A Rolling Stone」は彼の最大のヒット曲である。この曲でディランは、フォークからロックへ変わったと言われているが、彼にとってはその時の気分で歌いたいものを歌ったに過ぎず、そんなレッテルなどどうでもよかっただろう。まさにアメリカンな意味での「Like A Rolling Stone」だったのではないか。
今回のBGM:「American Pie」by Don McLean
→一方こちらの歌詞に出てくる「moss grows fat on a rollin' stone」の苔は、悪い意味で用いられている。この楽曲は演奏時間が8分36秒という長い曲で、全米No.1になった曲の中で最長だそうだ。私はこの曲を萩尾望都の傑作短編、その名も「アメリカン・パイ」で知った。

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