第80回 やさしさに包まれたなら


近頃パフェというものを食べていない。
10代20代の頃は、それこそどこにいってもメニューにパフェがあれば、迷わず頼んでいたものだ。チョコレートパフェにはなぜかバナナがつきものだが、いつの頃からか下の方にコーンフレークが敷き詰められているものが増え、なんとなく上げ底というか損をしたような気分になった。
やはりパフェには、生クリームとアイスクリームが下までみっちりと詰まっていてほしい。白玉は可。

大学時代にケーキの食べ放題というのが流行りだした。当時はまだ血気盛んな頃であったので、10個程度は平気で食べられていたが、いつの頃からか量より質、というか本当のところはそんなに沢山甘いものを食べられなくなってしまったのだ。食べられないというより、食べたくないというべきか。
自分の身体がそれほど甘いものを欲しなくなった。もちろん美味しく美しいケーキは大好きだが、1個で十分満足してしまう。別に毎日食べなくてもいい。なのでケーキに比べてもかなりボリューミーなパフェという選択肢は、自ずと減ってしまったのだ。
大学生というのは兎角何かにチャレンジしたがるものである。自分の大学生時代にも、松本市内の有名なカレー屋で辛さを競ったり、同じカレーでも大手チェーン店の大盛りに挑戦する同級生がいた。余談だがこの伝説の大盛りチャレンジ「ライス1300g+カレールーを20分以内に完食すればタダ」、同級生のスレンダー女性が難なく成功していた。只者ではない。彼女はそののち体力勝負の外科系に進んだ。今も元気でやっているに違いない。
この学生たちに人気の大盛りの中に、パフェがあった。高さ30センチ以上にうず高く盛り付けられたクリームとアイスの山を目当てに、その喫茶店を訪れる学生は多かった。私は結局行く機会を逸してしまったのだが、一度は食べてみたかったような気もしないでもない。

今東京でちょっとしたパフェを頼むと2千円級である。パフェはもはや高級スイーツの仲間入りをしていると言っていい。確かに何層にもクリームやアイスが美しく盛り付けられた上に沢山のフルーツが乗っているとあれば、それくらいの価格は当たり前と思える。
しかし本来の喫茶店のパフェは、そんなに豪華なものではなかった。バニラアイスの上に生クリームが乗ってバナナが埋まっている。そこにチョコレートソースがかかっていれば、立派にチョコレートパフェと名乗れたものだった。
そういうある意味キッチュなところが、喫茶店のパフェの醍醐味であったのだ。喫茶店という存在自体がカフェに追われて絶滅危惧種となっている昨今、このようなパフェはかろうじてファミレスに生き残っているようだ。

パフェと並んで喫茶店といえば、クリームソーダである。
いかにも身体に悪そうな緑色のメロンソーダに浮かんだ丸いバニラアイス。添えられたこれまた毒々しい色のチェリーも、クリームソーダには欠かせない。
アイスをどのタイミングで食べきるかは、なかなかの問題だ。あまり最後まで残しておくと溶けてソーダ水が濁る。かといって先に食べきってしまえば、単なるソーダ水になってしまう。などとどうでもいいようなことを悩みながら飲むのが、クリームソーダの楽しみと言える。
クリームソーダは根強いファンがいるようで、SNSのアカウントにも「日本クリームソーダ協会」というのがあり、日本中のクリームソーダ巡りの画像が掲載されている。また24種類ものクリームソーダがあるクリームソーダ専門店まで存在する。
日本のクリームソーダは、1902年に日本初のソーダ・ファウンテンとして開業した銀座の資生堂パーラーが始めたと言われている。ちなみにクリームソーダは、飲料の表面にアイスクリームを浮かべたフロートと呼ばれるものの一種である。

パフェもクリームソーダも、色といい味といい如何にもステロタイプな少女のイメージであるが、こういうものを大人になっても馬鹿にせず頼める感性こそ失わずにいたい。
パフェはチョコレートパフェ、クリームソーダは緑色。ここは譲れない。


登場したフルーツ:チェリー
→真っ赤に着色された缶詰のシロップ漬けさくらんぼ。美味しいとは思わないのだが、なぜか無いと寂しい。
今回のBGM:「MISSLIM」by 荒井由実
→「海を見ていた午後」に出てくるソーダ水はてっきりクリームソーダだと思っていたのだが、歌詞に出てくる店ドルフィンのソーダにはアイスクリームは入っていないそうだ。驚愕。

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