169回 絵に描いた餅


毎年正月が過ぎると、「餅を食べ過ぎた」という書き込みがそこかしこに現れる。なにも餅は一年中手に入るのだし、正月にここぞとばかりに食べなくてもと思うが、お雑煮のお餅は確かに美味しいので、ついもう1個と食べてしまうのもわからないでもない。
正月太りという言葉がある。100gあたりのカロリーでいえば、ご飯より餅の方が1.4倍高いのだが、実際の切り餅では2個で茶碗1杯のご飯と同じカロリーである(丸餅の場合は3個で1杯分)。
切り餅1個ではそれほど高カロリーという程ではない。何個も食べるから悪いのである。いや別に悪くはない。後悔するのが良くない。潔く好きなだけ食べれば良い。

餅はもち米から、ご飯はうるち米からつくられる。
米にはデンプンが含まれているが、このデンプンはアミロースとアミロペクチンという2種類の成分からできている。どちらもブドウ糖がつながったものだが、アミロースはブドウ糖1000個程度が直線上につながった分子量の小さなものであるのに対し、アミロペクチンはブドウ糖が数万から数十万個分岐しながらつながった巨大な分子である。
このアミロペクチンの割合が多くなるほど粘り気が増大するのだ。反対にアミロースが多いほどパサパサした食感になるので、インディカ米のようにパラっとした米になる。ご飯として食べるなら、うるち米の中でもアミロース含量が17〜19%程度のものが美味しいと言われている。
もち米はこのアミロース含量が0%である。もちもちしているわけだ。そういえばもち肌という言葉もある。

今では臼と杵で餅つきをする風景は、なんらかの行事でなければあまり目にすることはなくなった。
もち米をサラシに包んでセイロで蒸し、臼にあける。それを杵で押しつぶしながらまんべんなく裏返して粘りを出す。全体がひとかたまりになるくらいになったら、今度は杵でつく。その際もう一人、餅が臼にくっ付かないように、手水(てみず)という餅の表面を濡らす役割を担う。
この杵のつき手と手水の息が合わないと大変危ないというのは、一度でも杵を持ったことのある人はおわかりだろう。杵というのはとても重いのだ。いや、重さ自体は4kg程度なのでそれほどでもないと思うかもしれないが、それを頭の上に振り上げて振り下ろすというのは、かなりの重労働である。私は振り上げられなかった。
つき手と手水の息のあったリズムは見ていて気持ちが良いが、手の上に杵を振り下ろさないかとハラハラすることも事実である。

つきたての餅はその歯ごたえといい甘みといい、本当に美味しい。。1970年代に家庭用電動餅つき機が爆発的に普及したのは、ひとえにつきたての餅を食べたいがためだろう。
東芝が開発した電動餅つき機は1976年には年間100万台が売れたという。パック入りの切り餅が手軽に手に入るようになった現在では下火になったが、この電動餅つき機の機能はいまのホームベーカリーに受け継がれている。
ちなみにこの餅つき機、名前には「餅つき」と付いているにもかかわらず、実際はつくのではなく練っている。練り餅は本当なら餅ではなく団子と呼ばれるのだが、まあこのあたり気は心だ。

とはいえ実は餅は危険な食べ物である。
ご存知のように正月には「餅を詰まらせて搬送された」というニュースが何件も流れてくる。餅が危険ということは以前よりも周知されてはきているが、まだ油断はできない。なにせ市販の餅のパッケージには「絶対一人では食べないでください(意訳)」と記載されているくらいだ。どんなに危険かわかるだろう。
しかし餅は美味しい。やはり正月には食べたい。そう考える人が多いので、病院や施設でも餅を出さざるを得ない。出さなくても良いのだが、出してあげたいのは人情である。
嚥下状態が悪い患者さんや高齢者のために、餅に似たものを出す場合もあるが、本物の餅を出すチャレンジャーな病院もある。その場合小さくちぎって食べさせるだろうが、それでも詰まった場合に備えて看護師他スタッフは万全の用意をしていることが多い。
映画「たんぽぽ」で有名になった掃除機で吸い出すという方法は、体に負担をかけるので推奨しないが、実際にそれをやって助かったという話も聞いているので、最終手段としてはいいかもしれない。気道異物除去のために専用の吸引ノズルも発売されているそうだ。
それでも本当はすぐにハイムリック法か背部叩打法を行うのが一番良いので、ぜひ覚えてほしい。

お雑煮だけでなく、お汁粉、きな粉餅、磯辺焼き、草餅と、餅の可能性は無限大(ではない)。一年中楽しめる上に、保存食としても優秀だ。
少しずつ味わいながら、よく噛んで食べたいと思う。
決して一人では食べないように。


登場した映画:「たんぽぽ」
→1985年公開の伊丹十三監督作品。この映画の中で、詰まらせた餅を掃除機で吸い出すシーンがあまりにも強烈だったので、世界中で有名になったそうだ。アメリカでの興行成績は邦画部門の2番目というから凄い。
今回のBGM:交響詩「前奏曲」by フランツ・リスト ニコライ・ゴロワノフ指揮/モスクワ放送交響楽団
→「たんぽぽ」の中で使われた。「人生は死への前奏曲」という人生観に基づいているそうだが、餅が前奏曲とならないようにくれぐれも注意したい。


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