第135回 探し物はなんですか


人はなぜ傘を忘れるのだろう。
電車の忘れ物でも傘はダントツの1位である。最近はスマホや携帯も多くなってはいるが、やはり傘には遠く及ばない。これはひとつに、スマホなどに比べて傘が比較的安価であるということも、大きな理由だと思う。つまり傘はかりに忘れたり失くしたりしても、それ程のダメージがないということだ。もちろん親の形見の傘とか、世界に一つしかない特注の傘とかなら、失くなれば相当のダメージを受けるだろうが、そもそもそういう大事なものは外に持ち出さない。
傘はよく失くすので高いものは持たない、ビニール傘で十分という人も結構いる。もうそうなると自分の傘という所有意識自体薄くなっているだろうから、シェアすればいいのではないかと思う。実際コンビニなどでビニール傘を置き忘れて、それをまた他の誰かが持っていくという例は多そうだ。

厳密にいうと、忘れ物と失くし物は異なる。
電車に置き忘れた傘は忘れ物である。そしてまた外出時に自宅にスマホを置いたまま忘れて出てしまったというのも、忘れ物のパターンのひとつだ。
順序からするとまず「忘れる」という事実がある。そしてそれが戻って来るなり取りに帰るなりというリカバリーの可能性があれば「忘れ物」のままであり、そのまま戻ってこなければ「失くし物」であろう。これに加えて、忘れたつもりはなくても失くなる「落し物」というカテゴリーもあってややこしい。
置き忘れた傘を遺失物係に取りにいって戻ってくれば、それは失くし物から忘れ物に戻るわけだ。実際傘のように失くなったダメージが比較的小さいものは、わざわざ取りに来る手間をかける人は少ないようで、そのまま持ち主が現れない場合が多い。
それに対して忘れ物としては3位を占める現金は、年間で30億円以上あるにもかかわらず、8割がたは持ち主に戻っている。せちがらい世の中になったと言われつつも、現金がこれだけ届けられているという事実はまだ捨てたものではない。

私はこれまでの人生で、傘のみならずものを忘れたり失くしたりしたことが殆どない。それはモノに対する執着が人一倍強いからではないかと思うと、あまりよろしくないような気もする。いまだに19歳の時に歌舞伎座で失くしたお気に入りのハンカチのことを覚えているのだから、相当執念深いと言わざるを得ないのが情けない。
そもそも大事なものだから絶対失くさないとは限らないのだ。
子供が大事にしていたぬいぐるみをどこかに忘れたり落としたりして失くし、なんとかして見つけたいので拡散してくださいというツイートを見かけることがある。子供は注意が他にそれるとそちらに意識が集中してしまうので、いくら大事なぬいぐるみでもふと置き忘れてしまうことはあるだろう。なんとか見つけたいという親子の思いを汲んで、ツイートが物凄い数RTされることも多いが、その後どうなったかまでは把握できないので、無事そのぬいぐるみがおうちに帰れればいいなと願うばかりである。

グローバル・スタンダードでは、落し物や忘れ物は戻ってこないのが普通であるとのこと。届けてもその場で破棄されることもあり、そもそも拾った時点で窃盗とされる可能性があるため、何か落ちていてもそのままにしておくのが普通だそうだ。
日本では忘れ物・落し物・失くし物は全て遺失物とされ、遺失物法という法律に則って扱われる。なので遺失物は基本警察の管轄である。
電車の忘れ物も、一定期間鉄道会社の遺失物センターなどで保管した後、警察に引き渡すことになっている。警察でもいつまでも保管してくれるわけではなく、平成19年に改正された遺失物法に基づく保管期間は基本3ヶ月である。
鉄道の忘れ物は保管期間が過ぎた後は所有権が鉄道会社に移るのだが、その後競売にかけられ資格を持つ業者が落札できる仕組みになっている。ショッピングセンターで「忘れ物市」が開催されているのを見たことがある人も多いだろう。これもリサイクルのひとつであり、新しい持ち主の元で役に立てば無駄にはならない。
現在は警察の遺失物情報サイトで検索もできるようになっているので、すぐにあきらめずに遺失物届けを出して探してみるのが得策だ。

ものは忘れることも失くすこともある。
それはもう縁のようなものだ。
だからといって、好きだった記憶や大事にしていた気持ちまでなくなったわけではない。
あのハンカチも思い出の中で今でも大切に持ち歩いている。
でも傘は絶対忘れないぞ。


登場した言葉:遺失物
→骨壺は確信犯だろうが、ワニの剥製というのはちょっと忘れる理由が思い浮かばない。
今回のBGM:「On Time」by Grand Funk Railroad
→かの井上陽水の「傘がない」は「Heartbreaker」に影響を受けて作曲されたって知ってました?

  


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