忘れて、子供帰り
「はーちゃんがね、毎日布団を畳んでくれるの」
2週間ぶりに会った祖母が言った台詞は私を傷つけた。あぁ、遂に合体してしまったのだ。
「正直孫には何もしてもらえないと思ってたよ」
その通り。私はなにもしていない。お布団を畳んでいるのも、ご飯を作っているのも介護士だから。
「ありがとね。ありがとね。」
「うん...」
祖母の言葉を否定できないのは、否定したら祖母の世界が壊れてしまうのではないかという不安がある、という建前があったからだ。
本当は、私のことをわかってもらえないと実感するのが怖くて「もうやだなあ。それは介護の人でしょ」っと言えない。
「ここはいいのよ。着替えも全部持ってきてくれる」
うんうんと頷くことしかできない自分が惨めだ。
楽ばかりしちゃだめ。と言いたい。頭使わないとわからないことが増えちゃうよ。と言いたい。
介護の手伝いをできない私はお願いすることもできなくなっていた。
「あら...」
溢れる涙に祖母が目を丸くする。
ポロポロとスポイトから水が落ちるようにこぼれていく。
「はーちゃん、どうして泣いているの?」
優しく撫でる手が以前より細くなっている。
「はーずきちゃん」
シワだらけの手で作った狐がパクパクと口を動かした。小さい頃からこの狐とはよく話をしている。私が泣くと必ず現れる。
「おばあちゃん...!!」
介護の人と私が合体してしまって、私という人間が複数から成り立っても、おばあちゃんはおばあちゃんのままなんだね。おばあちゃんの中の私は変わっていないんだね。
これからもっと時間が流れてもっと物忘れや混濁が激しくなってしまっても、きっとあなたは何も失わない。
失ってしまったと感じるのは私だけなんだろう。
「おばあちゃん、旅行、いこうね。」
連れていくと約束した家族旅行。
行き先は今は亡きおじいちゃんから告白されたという場所。
長生きしてほしいけれど、いつか別れはきてしまうから。
私はおばあちゃんに幸せを届ける 誰か になるよ。
私よりもずっと長く同じ時を過ごしたおじいちゃん。素敵な記憶をたくさん振り返って、感じて、
死なないで欲しいけれど。
生きててよかったって、思ってね。
おじいちゃんと沢山話ができるように。
薄くなってしまった体から心臓の音が聞こえる。
この胸を幸せで満たすことが、人が生きる理由なんじゃないだろうか。
完
祖母がいない父のことを考えていたら着想。
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