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笑いをこらえても

Twitterで面白い動画が流れてきた。こちらだ。

ニュース風に仕立てたネタ動画なのだけど、アナウンサーが必死で笑いをこらえて何とか原稿を読もうとしているのがおかしくて、初めて観たときは涙が出るほど笑った。

人が笑いをこらえている様はなぜこんなに面白いのだろう。こちらまで誘われるように笑ってしまう。「笑いをこらえる」という仕草には笑いをおさめるどころかさらなる笑いを引き起こしてしまうという、求めているのとはまったく逆の効果があるのかもしれない。


笑いをこらえることについて考えていたら田原君のことを思い出した。田原君は同じ高校に通っていた友人で、ちょっとしたことですぐに大笑いする、いわゆるゲラな子だった。

当時私も田原君も陸上部に所属していて、その日はほかの仲の良い部員数人と一緒にバカ話をしながらグラウンドに向かっていた。田原君はいつも通りちょっとした冗談でもよく笑い、ヒーヒー言いながらついてくる。

あと少しでグラウンドに着こうかというところで一人がとっておきの面白ネタをぶち込み、全員で腹を抱えて笑いながらグラウンドに入った。

大笑いしながら騒がしく到着すると、そろそろ練習が開始する頃合いですでにキャプテンとほかの部員が円陣を組みかけている。これはいかんと笑いを引っ込め、ササっと円陣に加わった。

しかしいつもと比べて何やら空気が重々しい。隣のやつに聞くとどうやら部員の一人がやむにやまれぬ事情で退部することになったらしい。ミーティングが始まり、当人が涙ぐみながら退部のあいさつを始めた。

あまり話したことがなくてよく知らない人だが、とても深刻な場面だ。笑ってる場合じゃない。真剣な顔を作りつつ聞いていると、少し離れたところにいる田原君が肩を震わせている。

おやまさか泣いてるのかな、そんなにこの人と仲良かったっけ?と思ったら口がニヨニヨしている。どうやら笑いをこらえているようだ。

…思い出し笑いだ!

さっきの最後のネタを思い出して笑いそうになっているらしい。田原君だめだ我慢しろ!今笑ったらあの人が退部することを面白がってる感じになってしまうぞ!と思うも田原君の肩の震えは止まらない。

退部の経緯も気になるが、それよりも田原君から目が離せない。田原君は必死で笑いをこらえ、真剣な顔を作ろうとしているようだが、口は完全に笑っている。その様子がおかしくて、ハラハラしながらもこっちが笑いそうになる。

プフップフフッと抑えきれずに漏れた笑い声が聞こえてきた。これはキャプテンまで届くのも時間の問題だ。まだ涙ながらの話は続いている。プフフッブフフフッとだんだん漏らし笑いが大きくなっていく。

これはもうダメか、と思ったところで田原君もこれ以上抑えきれないと思ったのか、おもむろに顔を上げ、「すみません、トイレ行ってきまぁす!www」と叫んで少し離れたところにあるトイレに向かって走り出した。

笑いが隠しきれてない。しかしなかなか冷静な行動だ。この場で爆笑してしまう失礼よりも席を外す失礼を選んだらしい。やるな田原君。

なんて褒めたが、彼がトイレに走っていく姿を残った全員が驚いた顔で眺めている。退部挨拶中のあの人も唖然としている。人が退部のあいさつをしている時に急にトイレに走っていったのだからそりゃ目立つはずだ。全然冷静な行動じゃなかった。

それだけでは終わらなかった。

しばらくしてトイレの方から「アーッハッハハ!!ハーハッハッハ!」と大笑いしてる田原君の声が響いてきたのだ。めちゃくちゃ聞こえてるよ田原君。がんばって笑いをこらえたことも走って離れたこともすべて台無しだ。

その後田原君がどうなったかは覚えていないが、きっと何がしか怒られたことだろう。


そんなエピソードだ。

田原君は運が悪かった。あと少し部活が始まるのが遅かったら田原君も事前に十分笑い、キリリとした顔で参加できただろう。

さあ笑おうというところで突然笑ってはいけない状況になってしまい、笑いをこらえ続けたことが結果的により大きな笑いの衝動を生み出してしまったのだ。グラウンド中に響くほどの大きな衝動を。

怒られたとはいえ、あれだけ大笑いできたこと自体はきっと気分が良かったと思う。田原君の場合は状況がまずかったが、笑いをこらえることで面白いことをより面白く感じることができたわけだ。


笑いをこらえる機会と言うのはそんなにないものだ。

在宅勤務になる前、電車通勤してた頃は私にも笑いをこらえる機会があった。電車に乗っている時に本やTwitterを読んでいて急に面白ネタが出てきた時。吹き出しそうになって慌ててスマホを閉じ、どうにか笑いを抑え込む。たまに抑えきれずニヤついてしまったり、「くくっ、くくくっ」と肩を震わせてしまったりする。

必死になって笑いの波をどうにか乗り越えた後で、ホッとしつつ「ふう…面白すぎる…」と余韻に浸るのだ。この時の満足感はただ素直に笑っただけの時よりも大きかった気がする。


在宅勤務になってからは他人がいる場所で面白い事を目にすることがなくなったので、そんな風に笑いをこらえる機会がなくなった。在宅勤務は楽で大歓迎なのだけど、気がつかないうちに幸せな時間を失っていたのかもしれない。

今度面白そうな本を準備して、笑いをこらえる経験を楽しむために電車に乗ってみようかな、と思っている。

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