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不公平な誘拐

呻きとともに目が醒めた時、遠くでくぐもった罵り合う男女の声が聴こえた。目と口をテープか何かで塞がれているようだ。何も見えない。頬に当たる冷たさを感じるところをみると、床に転がされているようだ。腕と脚に食い込むロープで身動きもろくに取れない。後頭部が熱く、痛い。一体、何がどうなっているのだ?金曜日、なんとか仕事を終えて家に帰ろうとしていたところまでは覚えているのだが。

男女はどうやら二人組のようだ。だが、どうにも音がハッキリしない。耳栓でもされているのだろうか。その罵り合いも次第に落ち着き、やがて終わった。

感覚が遮断されると、これほど時間の感覚が無くなるとは。5分かそこら経った後、甲高く短い音が聞こえ、何かが床に落ちたような振動を感じた。そこにいるであろう誰かに、呻いたりモゾモゾして、存在をアピールする。

しばらく経ってから、片耳から耳栓が抜かれ、乾いた女性の声が聞こえる。
「Yesなら首を縦に振れ。Noなら横に振れ。いいか、私はお前の味方だ。分かったか?」
首を横に振る。
「死にたいのか?」
首を大きく横に振る。
「家に帰りたいか?」
首を大きく縦に振る。
「多少の面倒は覚悟するか?」
少し考えてから首を縦に振る。
「もう一度聞くが、私はお前の味方だ。分かったな?」
首を縦に振る。
「よし」

床を引き摺られ、椅子のような物の上に座らされる。もう一方の耳栓を抜かれる。目を覆っていたテープが剥がされる。ひどく痛む。廃屋の中、血溜まりの上で横たわる男が口を開けてこちらを見ている。何が起きたのか、彼も理解していないようだ。口のテープと身体を縛るロープを取ってくれる様子はない。後ろからまた声をかけられる。

「あの男は、お前を気まぐれで拉致した。『ムシャクシャしたから』と言っていたが、そんな理由でここに連れてこられたお前に同情するよ。私から言わせてみれば、あいつは万死に値するね」
まったくだ。

【続く】

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