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仮想通貨取引所のコンプラ担当から見たトラベルルール その2 【取引所比較編】

はじめに


前回のnoteでは、幸いにもたくさんの方にお読みいただけました。その一方で、トラベルルールに関してはやはり周知が全く足りてないよねと強く思いました。いくつか追加の質問をいただいたのと取引所ごとに対応に差がありそうでしたので、まとめてみました。参考になれば幸いです。

前回のnote


【留意】Q14は、筆者が各取引所の案内等リリースを調べた暫定的な情報に過ぎません。今後利用規約等が変更され、より具体化される可能性もあります。各取引所に関するトラベルルールの対応の詳細については各取引所が公表する案内及び変更後の利用規約をよくお読みください!!

※なお、以下では暗号資産交換業者を取引所と呼び、ビットコインなどの暗号資産を仮想通貨と呼びます。

FAQ

11. 結局、このルールはいつから始まるの?

規則自体は4月1日から施行です。実務的に、まずは仮想通貨の移転時の情報の取得から始まり、準備が整えば、個人情報の通知が始まる予定です。

今回の認定協会規則ですが、大きく分けて二つの義務を取引所に課します。その一つ目が、移転関連情報の取得・保存義務(6条2項)、もう一つが通知義務(6条3項~6項)で、この両方を総称する言葉として「トラベルルール」が用いられています。

図で分解して見ますと以下の様な内容です。

図1 トラベルルール図解

図の上が、国内取引所間の仮想通貨の移転の場合で、後述の4つの条件をすべて満たす場合は、②で情報のトラベル(通知)が行われます。

図の下が、海外取引所と個人ウォレット(unhosted wallet)の場合で、通知を行う必要がありません(厳密には、海外取引所も監督当局の有無などで二つの概念があるのですが、ここでは割愛します)。

今、利用者の皆さんの元へ送られている取引所からの案内文は基本的には①について、情報取得の内容です。②については、①で取得した情報の一部と取引所がすでに持つ利用者情報を取引所側のシステムで移転するフェーズですので、利用者の皆さんに特段追加対応を求めることはありません。

なぜこのような段階的な措置になっているかと言いますと、この規則自体は金融庁の要請もあり、全体として4月1日施行とされることが決まっていたものの、JVCEAの規則が明らかにならず、通知のためのシステム要件等も定まらなかったためです。

お尻だけ決まっていたので、とりあえず規則だけなんとか作ったというのが実態に近いかと思います。

例えば、執筆時点でも規則の最終版も公表されてもいませんし、実務目線の参考情報が記載されるガイドラインもない状況です。通常、法令であれば、準備や周知が必要な場合には、公布されてから半年や1年を越えない範囲で施行となるのですが、利用者への影響が大きいにも関わらず、今回はほぼ即日施行のような形になり、各社急いで周知を始めたという状況になります。

12. 移転する仮想通貨の金額が10万円以下の場合には情報の申告は必要ないの?

いいえ、すべての仮想通貨の移転に際して、情報の提供を追加で求められます。

上記11.の図を見ていただけるとわかるかと思いますが、送付先が取引所であろうと、個人ウォレットなどUnhosted Walletであろうと、①の情報取得義務が取引所にかかります(参照:6条2項及び11項)。

①のフェーズでは、以下の様な情報(移転関連情報)をあらゆる仮想通貨の移転の際に求められます

・受取人の氏名(法人の場合は名称)と送付先暗号資産アドレス
・暗号資産交換業者へ送る場合はその名称
・受取人の住所に関する情報(10月から)
・取引目的等に関する情報(10月から)

その後、②のフェーズですが、仮に取引所(B)宛に仮想通貨を送る場合(図1の上のパターン)には、以下の4条件すべて満たす場合にのみ、個人情報等が相手方取引所(B)へ通知されます(6条3項)。

a. 受取人と送付依頼人が同一である。
b. 国内の暗号資産交換業者が受取側暗号資産交換業者である。
c. 送付する暗号資産が BTC または ETH である。
d. 送付する暗号資産の邦貨換算額が 10 万円を超える額である。

10万円で申告不要という間違いは、このd.の条件を誤解したものと思われます。とりあえず、限定的な場合にのみ、②の通知義務がかかるという状況ですね。なお、この②のフェーズで利用者の皆様に追加でしていただくことはありません(プライバシーポリシー等で個人データの第三者提供に関する「同意」をお願いすることになります)。

13. 海外取引所から国内取引所へ仮想通貨を移転する場合、何が起こるの?

規則を文字通り解釈すると法改正までの期間は、特段、利用者に情報の申告等の追加の対応をお願いする必要性はないと言えます。ただし、取引所によってはリスク管理等の観点から追加対応を行う様です(Q14参照)

規則としては以下になります。わかりにくいですが、太字が重要な点です。

6条13項 会員は、その管理する暗号資産アドレス宛に暗号資産の送付を受けた場合において、当該送付が自らに口座を保有する利用者に当該暗号資産の価値を移転させることを目的としたものであるとみとめられ、かつ第 10 項に規定する当該送付に係る必須情報の通知を暗号資産交換業者等から受け取らなかった場合は、当該暗号資産の送付のリスク評価のために必要な送付人に関する情報で合理的に取得可能なものを取得するものとする。

太字筆者

このルールは、経過措置として、政府により法令が改正されるまで、努力義務になっていますので(附則2条2項)、法令ができた暁にはこの部分も義務化されると思われます。(この部分はFATFでも特段要求されていない日本独自ルールで、義務化されると国内取引所には辛い部分です・・)

上記規則のシチュエーションを図解すると以下の様なイメージです。

図2 通知なしの仮想通貨の受領

国内取引所が仮想通貨を受取る側の場合、他の取引所等から情報の通知を受け取らず、仮想通貨だけが着金するケースがあります(これまでは、一般的なことでした)。

その場合、仮想通貨の送付(移転)元が誰かわからないため、仮想通貨を受け取った取引所は「当該暗号資産の送付のリスク評価のために必要な送付人に関する情報で合理的に取得可能な」情報を取得しましょうというルールです。情報を取得して、利用者アカウントに仮想通貨を反映して良いのか、リスク評価をしろということです。

「送付のリスク評価のために必要な送付人に関する情報で合理的に取得可能な」情報について、明記されていませんが、ルールの作成過程の議論を踏まえると、利用者から申告してもらうことを前提としています。

14. 取引所ごとにトラベルルール対応に違いはあるの?(取引所比較)

執筆時点(3月17日)で、主要な取引所が利用者むけに出している案内や変更予定の利用規約等を確認したところ、取引所が利用者に対して申告を求める情報等に一定の違いが見られました。

以下の画像は、仮想通貨を送付する際と受領する際に、主要な取引所がどのような情報を利用者に提供してもらうか、その項目を比較したものです。

図3 主要取引所の移転・受領時に利用者に求める情報

まず、bitFlyer, Coincheck, bitbank, Zaif, SBIVCTについて送付時に提供を求める情報については、基本的に認定協会規則(6条2項)に基づき、協会の案内文(「トラベルルール導入について」(PDF))の内容とほぼ同じ、画一的なリリース内容だけ現時点で確認できました。

受領時に提供を求める情報(協会規則では取得は努力義務)については記載がありませんでしたので、現時点では利用者からは特段情報の提供を求めないのではないかと思われます。

続いてGMOコインです。

協会規則に見られない、「受取人との関係」「実質的支配者情報」(受取人が法人の場合)というワードが入っていました。「受取人との関係」については、規則における「受取人が送付依頼人本人か否か」を申告させることを指すのか、もしくは利用者の仮想通貨を受取る人が「利用者本人」や「家族」、「知人」などと申告させるのかは、不明です。自由記載なのかドロップダウンなどで選択できるのか不明ですが、いずれにせよ、利用者にあまり負荷はかからないものと思います。

また「実質的支配者情報」(法人の事業経営を実質的に支配することが可能な個人等の情報)ですが、これは受取人が法人の場合にのみ当てはまります。「受取人」の解釈によりますが、例えばGMOコインからどこかのNFTプラットフォームに資金を移す際に、そのプラットフォーム運営法人の謄本等を提出させることはないと思いますが、どのようなシチュエーションで、どう運用するのか気になります。

続いて、DMM Bitcoinです。

取引に関するリスク評価を目的として、対応が「高度化」されています。特に以下の点です。

図4 DMM Bitcoinウェブサイト

まず、規則との最も顕著な差異として、仮想通貨を受け取る場合(暗号資産を入金する際)の対応に注目してください。

図4の通り、さまざまな情報の提供を利用者に求める様です。これらの情報ですが、「送付される目的」を除き、協会規則が仮想通貨の移転時において取引所に対して取得を義務付ける情報と同じです。

つまり、仮想通貨の移転時だけでなく受領時においても、相手方の情報を利用者から取得し、リスク管理をしていくという意図が見れます。

このほか、送付時に求める情報として、「送付される目的」が入っていますが、こちらは2022年10月より規則でも適用がある情報ではあり、先んじて対応するということかと思います。

6条2項(2) その他当該暗号資産交換業者等宛暗号資産移転取引のリスク評価のために必要な情報並びに外国為替及び外国貿易法(以下 「外為法」という。)、その関連法令及びガイドラインの規定に従い取得が求められる情報(当該暗号資産交換業者等宛暗号資産移転取引の目的を含むがこれに限らない。)

太字筆者

上記の規則は、規則の附則2条4項で、2022 年 9 月 30 日 までの期間において適用除外がされていますので、10月から適用ありです。ですので、他の取引所もそのうち同じように取得を求めます(取引目的の取得は、日本独自ルールと思われます)。

また少し細かいですが、規則では受取人の「住所に関する情報」(現時点で明確ではないですが、都市名など、番地などまでは要さないと解されてます)となっているところ、DMM Bitcoinでは当該第三者(受取人)の「住所」となっていますので、細かく番地まで入力させる様です。

以上より、規則を上回り、他社とも異なる対応をされると予測できます。DMM Bitcoinをお使いの際は、公式サイト(トラベル・ルールへの対応に伴う暗号資産(仮想通貨)の入出金及び送付についてのお知らせ)の説明で、イメージ画像も出ていますので、同サイトにあるサービス基本約款(新旧対照表)、特に10条(暗号資産の入出金)などと併せて、しっかり読まれることをお勧めします。

なお、同社において仮想通貨の送付および受領に際し、あらかじめ、仮想通貨のアドレスを登録する仕様の様ですので、登録しておけばスムーズに取引できるのではないかと思います。

15.なぜ、取引所ごとにマネロン対応が異るの?

抽象的な回答ですが、取引所ごと、経営陣のマネロンリスクの捉え方が大きく異なる、置かれてる立場も異なるからかなという印象です。

Ⅲ-2 経営陣の関与・理解
 (略)また、マネロン・テロ資金供与対策の機能不全は、巨額の制裁金や取引の解消といった過去の事例に見られるとおり、レピュテーションの低下も含めた経営上の問題に直結するものである。
 さらに、経営陣がこうしたリスクを適切に理解した上でマネロン・テロ資金供 与対策に対する意識を高め、トップダウンによって組織横断的に対応の高度化を推進し、経営陣として明確な姿勢・方針を打ち出すことは、営業部門を含めた 全役職員に対しマネロン・テロ資金供与対策に対する意識を浸透させる上で非常に重要となる。

 マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン
太字筆者

上記のマネロンガイドラインにある「高度化」とは、事業者が特定・評価するマネロンリスクに応じて、必要であれば、法令で求めるレベルを超えて、自らの頭で考えたマネロン対応をしなさいということです。これは大事なことでして、マネロン対応において、基本的に法令要件はミニマムスタンダードであり、「法令に書いていない」は当局むけ禁句ワードNo.1です。

なお、以下は特に主観です。
前回のこちらのnoteのQ5でもご紹介しましたが、DMM Bitcoinは「すでに無登録業者等、金融庁から警告を受けている海外事業者との取引を保留・取り消す」措置をとっています。同社としては、仮想通貨を移転する際も受領する際も等しく、相応のリスクがあるものとして特定・評価し、リスク低減措置として、取引を謝絶するという姿勢があります。実効性はともかく、マネロン対応の「優等生」的振る舞いで他社に嫌われるかもしれません(冗談です)。

利用者による無登録業者への送付をモニタリングツール等で見つければ、それを取り消し、それで利用者が他社へ逃げても構わない、経営に影響しないような構造なのかなと思います(現物も増やしていますが、デリバ中心のようですし、あまりBinance等への入出庫もないのかもしれません)。そのほか、証券等グループ内の他の金融事業に与える影響なども考慮しているのかもしれません。

他方で、bitFlyerやCoincheckであれば顧客数は100万をはるかに超えている状況でしょうし、率先してマネロン対応の高度化を行い、利用者を他の取引所に取られるよりも、とりあえず協会規則に沿っておけば火傷しないよね、という政策的な判断もあるのかもしれません。双方、会社として上場を目指しているとの情報もありますし、利益の源泉である顧客を逃したくないという思いもあるでしょう(かなり主観です)。

おわり

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