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仮想通貨取引所のコンプラ担当から見たトラベルルール 【9の回答】



はじめに

日本の取引所からトラベルルールの案内が出始めていますが、肝心なことがわからないと思います。そこで、知人などからよく聞かれるトラベルルールに関する10の質問に回答してみます。このほかにも、質問があれば教えてください。
※なお、以下では暗号資産交換業者を取引所と呼び、ビットコインなどの暗号資産を仮想通貨と呼びます。

【留意】あくまで一人のコンプライアンス職員としてこう考えていると言う程度のものです。

FAQ

1. トラベルルールとは何?

この質問はネットで調べればすぐわかるので割愛します。トラベルルールの内容や目的の概要については日本暗号資産交換業者(以下、認定協会)のこちらを情報ご覧ください。

2. 利用者はどんな影響を受けるの?

送金時または送金アドレスを設定する際に、一定の情報提供が求められます。具体的には、以下の情報(以下、移転関連情報といいます)が追加で必要になります。

・受取人情報 (氏名、送付先暗号資産アドレス、住所に関する情報) 
・受取側暗号資産交換業者の有無・ある場合はその名称 ・取引目的等に関する情報 

これらの情報を提供しない場合は、取引所から暗号資産を引き出すことはできなくなると思います。また、仮想通貨の引き出し(出コイン・出庫)に、これまでより少しだけ時間を要する可能性はあります。

加えて、利用規約の改正が行われると思いますので、よく読みましょう。

3.情報の提供時に嘘をついたらどうなるの?

虚偽が判明した場合について、利用者は、取引の謝絶や最悪の場合は口座停止などの不利益を被る可能性があります。

例えば、実際には、取引所Aへの送金であるにも関わらず、取引所Bを「受取側暗号資産交換業者」の名称として答えたとします。この場合ですが、各取引所が導入しているブロックチェーンモニタリングシステムは、主要な取引所のウォレットアドレスを把握していますので、事前または事後に、虚偽申告が発覚する可能性は十分にありえます。

虚偽の頻度にもよりますが、繰り返し偽った場合には、口座停止措置を受ける可能性があるのでご留意ください(おそらく、そのように利用規約が改正されます)。この辺りの判断のさじ加減は各社により異なると思います。一度の虚偽で取引を停止されることは、個人的にはないのではと思いますが、虚偽申告は誰にとってもためになりませんのでやめた方が良いです。

4.利用者から取得した情報を用いて取引所は何をするの?

上述の通り、移転関連情報を顧客リスク評価に用います。

取引所では全ての利用者をそのリスクに応じて、高・中・低などと格付けしています(金融機関では一般的な措置です)。

一例ではありますが、国内取引所と海外の無登録事業者の利用では、後者の方が取引リスクは高いと解釈されるのが一般ですので、海外の無登録事業者との取引の頻度や金額が一般的な利用者の平均などに比して異常に多い場合には、その利用者は高リスクと判断されるかも知れません。その場合、取引に際して、追加的な情報を求められるかも知れません。この判断基準も各社のリスクの考え方によって異なります。

5.バイナンス・グローバル等への海外無登録事業者への送金(引き出し)はできなくなるの?

いいえ、必ずしもそうではありません。

認定協会の自主規制規則では、海外無登録業者であることだけを理由に取引(入出庫・入出コイン)を謝絶するような措置を各取引所に求めていません。

また、将来法令が施行されるまでの期間ですが(Q10参照)、海外の無登録事業者および個人ウォレットに対しては、4.で回答したリスク評価を行うことすら、現時点では努力義務とされています(協会規則6条12項、附則2条2項)。

12. 会員は、受取人等宛暗号資産移転取引を行う場合は、前項に従い取得した情報 に照らし送付に係るリスクを評価して送付 しなければならず、当該リスクに応じ送付拒絶を含む適切な対応を行うものとする。

出所:認定協会規則案(PDF)


「受取人等宛暗号資産取引」は海外無登録事業者を含む相手との暗号資産の取引を指します。「当該リスクに応じ」とありますので、各社が、利用者が無登録業者を介して暗号資産の取引を行うリスクをどう考えるかによるものの、金融庁からも明確な措置を求められていない現状においては、肌感覚では、ただちに取引を停止する取引所は少ないと思います。

なお、トラベルルールや協会規則云々以前に、例えばDMM Bitcoinなど、すでに無登録業者等、金融庁から警告を受けている海外事業者との取引を保留・取り消す取引所はあります。利用規約等の禁止事項や取引所からのアナウンスをよくお読みください。

出所:DMM Bitcoin ウェブサイト

上記DMM Bitcoinの判断について、個人的にはAML法制の趣旨に照らすと違和感なしです(経営判断の難しいところ)。

将来、犯罪収益移転防止法が改正されることで、実質的に海外無登録事業者等を介した取引の停止が要請される可能性は十分にありえます(とはいえ、個人ウォレット介して無登録事業者へ移転することまで止めることはなかなか難しいため実効性は低いでしょう)。

6. トラベルルールが個人ウォレット(Unhosted Wallet)への送金に与える影響は?

当面、利用者にとって情報を追加で提供する以外には、影響はあまりないでしょう。

一般的に、コンプラは、取引リスクを以下のように考えるはずです。

【低リスク】国内登録済取引所<海外登録済取引所<個人ウォレット≦海外無登録取引所<海外無登録取引所(金融庁警告あり)【高リスク】

各取引所において、どこまでバリエーションごとに、リスク評価を行うかによりますが、基本的には、Q5で回答した海外無登録事業者(金融庁警告あり)よりも大分リスクは低く、求められる情報を提供しさえすればこれまで通り問題なく利用できるでしょう(少なくとも法令改正までは。Q10参照)。

7. 個人情報はどのように提供されるの?

各取引所は、情報を暗号化したうえで他の取引所に安全に送るためのシステムを導入します。日本ではおそらく2〜3の異なるシステムが導入される予定です。少なくとも当面の間、システム間に相互運用性がないため、同じシステムを導入する取引所間では情報を移転できますが、異なるシステムを導入する取引所間では情報を移転できないと言う問題が発生します(とはいえ、暗号資産を送れなくなると言うわけではありません)。

国内では、認定協会としては、2022年の夏以降に個人情報の移転を開始する計画ですが、課題も多く、実際の開始時期は不明です。

日本の多くの取引所が導入するのではないかと言われている技術がSygnaと言う台湾のベンダーによるシステムです。そのほか、将来的な海外と連携を見越し、TRUST(Travel Rule Universal Solution Technology)という北米で主流のシステム導入を検討している取引所もあるとされます。(Q9参照)

なお、提供される情報(個人情報を含む)は暗号化されますので、関係する取引所以外の第三者が閲覧できる状況にはありません(技術の詳細については、各取引所にご確認ください)。また、移転される情報はブロックチェーンには記録されない方法で提供されます。

8. 海外のトラベルルール導入の状況は?

まず法令の整備状況ですが、主要国中心に、着々と法令導入がなされています。米国、シンガポール、カナダではトラベルルールを含む法令が施行済であるため、これらの国で最も早く導入に動いている状況です。

Notabeneサイト参考に筆者作成

すでに触れましたが、アメリカとカナダの主要な取引所ではCoinbaseが主導するTRUSTと言う技術により情報が移転される予定です。TRUSTでは各取引所が参加する形でネットワークのガバナンスが形成され、今後は世界中に拡張される予定です。

以下が現時点で参加表明をしている仮想通貨関連事業者です。規制の厳しい米NYのビットライセンス取得企業をはじめ、大手取引所が参加を表明しており、世界的に大きな影響力を持つことは間違い無いでしょう。

出所:TRUST 公式サイト

そのほか、大手取引所のCrypto.comやBinanceはTRISAと言う技術を導入する予定と発表しています。スイスの取引所を中心にOpenVASPと言う技術が導入されているようですが、あまり情報は出ていません。いずれも異なる技術間の相互運用に関する課題があります。

9. トラベルルールを含む国内法の改正はいつ頃?


日本はトラベルルール導入に際して、犯罪収益移転防止法の法令改正が必要です。この対応準備が遅れているようです。

政府・与党は17日召集の通常国会で、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を強める法案の提出を見送る方針だ。参院選で会期延長が困難なため法案数を絞る。日本は国際組織から対策が不十分との指摘を受けており、国際金融都市構想の実現に影響しかねない。
政府は暗号資産(仮想通貨)取引業者への監視強化などを盛る法案を検討していた。

出所:日経(22年1月16日)「マネロン対策法案、提出見送り 国際金融都市構想に影

法案の提出時期ですが、今年の臨時国会で押し込めるのか、または来年の通常国会になるのかは不明です。法案成立後、施行までの期間を6ヶ月程度と仮定すると、早くても2023年Q2~3ごろではないかと思います。

トラベルルール自体の法改正は既存の通知義務(犯罪収益移転防止法第10条)に手を入れることになります。認定協会の規則は、暫定的・限定的かついい意味で詰めきれていない(解釈に幅のある)箇所を残しています。

政府により施行規則等、実務運用の点で重要な下位法令においてどのような義務が入るのかビクビクしています。案が公表されましたら、別途説明します。

個人的には、トラベルルールに基づく実務運用は未知数なところが多いと感じます。取り扱う情報のセンシティブさと運用の難易度を考慮し、まずは予行練習としての認定協会での規則に基づく運用の課題をじっくり検証したうえで、実務慣行や主要国と調和的な法令を整備すべきだと思います。

おわり

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