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「回顧」 クロネコと電脳の城19

ある日ミツキがいなくなった。

正確に言うと仕事に行くと言って家を出たまま戻らなかった。

僕は何日も何日も待った。

けどミツキが戻ってくることはなかった。

唐突だったから何か事件や事故に巻き込まれたんじゃないかと思った。

それこそネットの世界に迷い込んだんじゃないかって。

だからガジェさんにお願いしたんだ。

ミツキを探してって。

ガジェさんは困ったような顔をしていたけど、「わかった」って言ってくれた。

それからガジェさんも戻って来なくなったんだ。

そしてレディピンクが来て、電脳猫に襲われて、クロネコの少女に殺されかけて・・・。


「じゃあ父さん、もしかしてここが父さんの言うネットの世界なの?」

「ああ、そうだ。騙していて悪かったと思う。お前が現実世界のことを知ってしまったら、お前が死んでいることがわかってしまう。だから逆に現実世界のことをネットの世界と言って隠していたんだ」

「どうしてそんなことを・・・」

「お前には何も知らずにこの電脳世界で生きて欲しかったんだ。そうすれば自分が死んだことも知らずにずっと幸せに暮らせるって、そう思ったんだよ」

ガジェは目を伏せて少し考え込んでいた。

どう伝えようか迷っているようだった。

「じゃあ僕は現実には死んでいて、何も知らずにこの電脳世界っていうネットの世界で生きていたってこと?結局僕は生きてるの?死んでるの?よくわかんないよ」

レンは混乱していた。

ガジェの言うことが真実であっても、自分は今こうして存在しているし、現実世界がどんなとこかもわからない。

ガジェとミツキが両親だったことは嬉しいが、今まで会っていたガジェとミツキは現実の二人ではないということなんだろうか。

レンにはわからないことばかりだった。

「混乱するのも無理はない。順番に説明するから落ち着いて聞いてくれ」

ガジェが意を結したようにレンを見つめて話し始める。


「お前は生まれた時から先天性の難病があって、成長するにしたがって体の機能が衰えていき、やがて死に至る病気だった。

幼児の頃はまだ歩くことができたが、小学校に上がる頃には歩くこともできなくなって、寝たきりになってしまったんだ。

医者からはこの病気の平均寿命は10代前半だと言われていた。

10歳になる頃には自分で呼吸することも難しくなり、人工呼吸器をつけて生活しなければいけなくなっていたよ。

体はそんなでも脳はしっかりしていたから、お前は幼い頃みたいに外で遊びたがったり、旅行に出かけたいと言っていた。

小さな頃から思うように体が動かせす、他の子供達と一緒に遊んだりもできなかったし、走ったりスポーツしたりすることもできなかった。

だから俺たちはなんとかしてお前の希望を叶えたいと思った。

自分たちの子供が自由に動くこともできず、やりたいこともできないまま死んでいくのが不憫でならなかった。

色々思い悩んだ挙句、俺たちはネットの仮想現実の世界でなら自由に動き回れるんじゃないかって考えたんだ。

もちろん現実ではないけど、今の仮想現実世界は現実と変わらないくらいリアルな体験ができる。

現実に体を動かさなくても、目や筋肉のわずかな動きだけでアバターを動かすことができる技術ができていたんだ。

元々俺とミツキはプログラミング技術者だった。

だから仮想現実を体験できるハードに改良を加えて、脳の思考だけでアバターを動かせるようにすることに成功した。

それによってレンは仮想現実の世界で自由に動き回れるようになったんだ。

初めてこの電脳世界に入ったお前の顔を俺は忘れることはできない。

自分の思い通りに体が動かせる喜びに満ちた顔。

今まで俺が見ていた笑顔は別物だったと気づいたよ。

現実世界で俺たちに見せて笑っていたお前の顔は、どこか寂しげだったんだ。

衰えていくお前を悲しそうに見つめる俺たちを、心配させまいと作った笑顔だったんだ。

電脳世界で駆け回るお前の笑顔を見て、これでよかったんだと思ったよ。

これが俺たちの求めていたものだって」

そう言ってガジェはレンを見つめると、込み上げてきたものが頬をつたった。


「俺たちは三人で電脳世界で遊んだり旅行したりして楽しい日々を過ごしていた。

現実世界でできなかったサッカーをしたり、海で泳いだり、山でキャンプしたり。

今までできなかったことを全部しようと思った。

楽しい思い出をたくさん作ろうと思った・・・。

でも楽しい日々は長くは続かなかった。

現実でのお前の寿命がきてしまったんだ。

まだ12歳だった。

病気がなければ、これからまだまだたくさんの経験をして大人になって、幸せな人生を送れたかもしれないのに、どうして我が子がこんな不幸に遭わなければいけないのか。

俺とミツキの悲しみは相当深かった。

そしてお前の死をどうしても受け入れられなかった。

そこで二人で考えて、お前の電脳世界でのアバターをプログラミングして改良し、電脳世界で生き続けられるようにしたんだ。

通常仮想現実の世界ではアバターというキャラクターを自分の分身として動かしている。

つまり現実世界の人間が、仮想世界のアバターを操作して、仮想現実の世界を楽しむという形だ。

しかし現実世界でのレンは死んでしまったため、仮想世界のアバターを動かすことはできないし、そこで生活することなどできないんだ。

この世界に入るには現実世界の人間のアカウントというものが必要なため、死んだ人間はアカウントを持つことは当然できない。

本来レンが死んだ時点でこの世界に入るためのアカウントは失われ、この世界でレンが使っていたアバターも、この世界で過ごした記録も全て失われるはずなんだ。

しかし俺たちは電脳世界の運営からレンのアカウントが削除される前に、お前のアバターデータを改竄してアカウントから切り離した。

それによってアカウントは失われたが、アバターをこの世界に残すことに成功した。

そしてアバターデータを改竄する際に、データにAI機能を組み込み、現実の時間に合わせて自動的にアバターの外見や知能が成長するようプログラミングした。

つまり現実世界では死んでしまった人間が、この世界では生き続けることができるようになったんだ。

そんなことをしてどうなるというのか。

そんなことをしても意味がないんじゃないか。

現実世界のレンが生き返るわけじゃないんだ。

俺たちは悩んだよ。

これで良かったのかって。

でも仮想世界で生き続けているお前を見ているうちに全部忘れてしまって、このままここで生き続けられたらそれでいいじゃないかって思うようになっていった。



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