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お助け屋と初恋王子 第三章 後編

   【3】
 
 
 神戸という街は全体の八割が山と言っていい。海のイメージが強いのは、古くから港町として栄えたという歴史があるからで、政令指定都市神戸としては、その大半が山で出来ている。それが一番よく解るのが北区だ。
 
 その北区にある町、霞ヶ丘町に哲達はやって来ていた。
 
「それにしても、神戸ってな奇妙なとこだよな。こんな山奥でも神戸って、なんか凄くね?」
 
哲は手にしていた流水模様の入った手拭いで汗を拭きながら、降り立った駅のホームから見える景色を物珍しそうに眺めた。
 
「つうか、ここ、なんか見覚えがあるような……」
 
哲はふと首を傾げて呟いた。
 
 なんとなく懐かしい風景。多少変化はしているが、記憶にある形そのものは残っている。そんな思い出の風景。
 
「確かに、お前はここを知っている」
 
晃志郎は哲の隣に立って空を見上げた。その横顔を哲はチラリと見やる。
 
(あらあら、なんだか穏やかな顔しちゃって。こうしてると昔の面影があるよなぁ)
 
あの頃は自分より小さくて、大きくて少し吊り上った目が可愛かった。今はさらさらな黒髪は昔よりうんと伸びて、頭の上で結い上げている様はまるで幕末の剣士のように凛々しい。
 
(王子様というより若様って感じだよな)
 
煌びやかな王子様より、武士の潔さが似合う。哲はそう思いながら暫くその美しさに見惚れていた。
 
 この郊外の小さな町にやって来たのは哲と晃志郎の他には慎也と神奈、ソーマの三人だけだ。星也と月也は今日は別行動をすると連絡が入っている。サポートすると言ってた割にはほったらかしだなと哲は溜め息を吐いた。
 
「そろそろ行くぞ」
 
晃志郎はさっさとホームの階段を降り始め、哲達は後に続いた。
 
 霞ヶ丘は山に囲まれた住宅地で、70年代に開発され、現在は再開発中のそこそこの大きさの町だった。山奥の割に田舎臭さは感じないのは、さすがは神戸といったところか。
 
 しかし、山を切り拓いて作られた町だけあって坂が多い。神戸市全体が坂の多い街だとは聞いていたが、とにかく平地が殆ど見当たらないというのは、お見事としか言いようがない。僅かばかりの平地も半分以上は埋め立て地。それも六甲山系を切り崩して埋め立てたものだ。一時期は山が禿げ上がって土砂災害の被害も半端なかったと聞く。現在は植林によって山が甦り、かつての景観を取り戻しつつある。
 
 一行は駅前のタクシー乗り場からタクシーに分乗して目的地へと向かった。さすがに慣れない人間が真夏にこの町を歩くのは厳しい。六甲の山々に囲まれている山間の町で、三宮と比べれば涼しいとはいえ、近年の温暖化の影響からは免れない。熱中症の危険もあるので、歩けば二十分程度ではあるが、念のためタクシーを使うことにした。
 
 目的地までは車で五分ほどで到着した。そこには小さな公園のような遊び場と鉄筋で建てられた二階建ての横長の建物が、ブロック塀に囲まれて建っていた。門の看板には【すずらんの家】とあった。
 

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