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お助け屋と初恋王子 第六章 後編①

    【6】
 
 
 哲は決して寝起きの良い方ではない。だが、そのことに晃志郎が気付かなかったことに彼は内心ほっとしていた。
 
 自発的に早起きをしたのではない。目覚めさせられたのだ。悪夢によって――。
 
 『哲……』
 
その人は優しい声で彼の名を呼んだ。
 
『陽人……』
 
哲は手を伸ばして自分の育ての親に近付こうとした。だが、どんなに手を伸ばしても、どんなに足を動かしても、哲は彼を捕まえることが出来ない。
 
 ああ、またあの夢だ。哲はそう思った。時折見る夢。だから、この後どうなるかも予想がつく。だが、解っていても目覚めることが出来ない。少しでも陽人の声を聴いていたい。姿を見ていたい。あの穏やかな笑顔を忘れたくない。だから、悪夢だと解っていても目を覚ますことが出来ないでいた。
 
『哲、暴力はなにも救うことは出来ないのですよ。失うだけです』
 
(そうだな、その通りだ)
 
『やむを得ない場合は、その力を最小限度にとどめ、護るためだけに使いなさい』
 
(うん。そうしてるよ)
 
『血を流すことをカッコいいだなんて勘違いも甚だしいですよ。それは愚か者のすることです。血を流さず、生きることこそ真のカッコよさなのですよ』
 
(ごめんなさい。俺が間違っていた)
 
『哲、お前は本当に優しい子です。その優しさで大切な人達を護ってあげるのですよ』
 
(陽人、俺はそんなんじゃない。俺は、ただの大バカ者だ)
 
夢の中の陽人は優しく哲に語りかける。だが、決して近付くことも触れることも許されない。許されるはずがないのだ。
 
(陽人、陽人――)
 
陽人の姿が消える。そして気が付くと、自分の腕の中にずっしりと重い感覚があり、それを自分の目の高さまで持ち上げる。そしてそれを目にした瞬間、哲は悲鳴を上げてそれを放り出した。
 
 地面に転がるそれは、人の生首。
 
 陽人の生首だった。
 
(あああああああっ!)
 
哲の絶叫と同時に夢は終わる。
 
 哲は夢から逃れるように飛び起きた。
 
 冷や汗がこめかみを伝う。
 
 心臓がやたらと胸を打ち付ける。
 
 哲は荒い息を整えようと何度か深呼吸を繰り返した。

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