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お助け屋と初恋王子 第五章 前編

    【1】
 
 
 九条麟という女性はトラブルシューターという稼業を生業としている割に育ちの良さを感じる人物だった。先程の挨拶のときの仕草といい、庶民の育ちでないことは王宮で育った晃志郎には一目瞭然であった。
 
「こんな狭いところにお招きして申し訳ございません、殿下」
 
狭いビルの階段を上りながら、麟は上品な貴婦人の笑みを浮かべて晃志郎に声を掛けてきた。
 
「いや、気にしないでいい。俺の方こそ突然押し掛けてきて済まない」
 
「そちらこそお気になさらず。エレベーターは地下と三階との直通しかありませんの。ちょっと大変ですけど、五階にある私の住居までご辛抱ください」
 
「気遣いは無用だ。王族だからといって特別扱いはしなくていいから」
 
「あら、それはどうも」
 
麟は興味深げに小さく笑みを浮かべると、先に立って階段を上っていった。晃志郎も後に続く。五階までの階段はなかなかにきつく、上りきる頃には息が上がっていた。
 
「さて、こちらですわ、殿下」
 
麟が玄関のドアを開けて中に入るように促した。晃志郎は呼吸を整えると、部屋の中へと入っていった。
 
 中はごく普通のマンションの一室で、部屋が三つとリビングダイニング、風呂や洗面所、トイレと小さな納戸があるだけだった。
 
(哲もこういうところで暮らしてるのかな……)
 
晃志郎は部屋を見回しながら、ふとそう思った。
 
 哲には哲の生活がある。血の繋がりはなくとも家族同然の存在もいる。自分の存在は彼にとって異質でしかないのかもしれない。もうこれ以上、哲の生活を壊してはならない。そういう気がしてならなかった。
 
「殿下、こちらへどうぞ」
 
麟に呼ばれて彼女のいる部屋に足を踏み入れると、そこは彼女の私室であることに気付き、中へ入るのを躊躇した。
 
「気にしないで。別に問題はないですから」
 
麟に微笑まれ、戸惑いながらも彼は部屋に入る。ドレッサーの前の椅子に座らされ、白い布のようなものを身体に掛けられた。
 
「ごめんなさいね。プロじゃないから道具とか揃ってませんの」
 
「えっと、これから一体何を?」
 
「ふふっ。イメチェンよ。髪を切るの」
 
「髪を?」
 
「そっ。殿下の一番の特徴はこの長い御髪ですもの。いかにも王子様って感じで素敵だけど、目立っちゃうでしょ。女装ってのも考えたんだけど、それは敵もすぐに検討つけちゃいそうだし。だったら思い切ってバッサリやっちゃったほうが目立たないんじゃないかって。その青みがかった瞳はカラーコンタクトで誤魔化せば問題ないしね」
 
戸惑う晃志郎に麟は楽しげに説明してくる。それを聞いていると、なんだか自分も楽しくなってくるから不思議だ。鏡の中の自分が子供の様にワクワクした表情を浮かべているのを見て、晃志郎はふっと笑みを零した。
 
「解った。よろしく頼む」
 
「かしこまりました。殿下」
 
麟はおどけた仕草で一礼すると、散髪用のはさみを手に取った。

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