『黒蜥蜴」

  • 脚本 新藤兼人

  • 演出 井上梅次

  • 出演 京マチ子、大木実、川口浩、叶順子

  • 1962年 大映

https://www.allcinema.net/cinema/86421

日本浪漫派の死

三島由紀夫版『黒蜥蜴』は、薄田泣菫から三島へと続いた日本浪漫派が産み落とした鬼っ子みたいな作品だ。

日本浪漫派は、侘び寂びだの陰翳礼讃だの物のあわれだの、日本の伝統的美意識とは全く別の美学で成立していた。といって、西欧ロマン主義とも異なり、封建主義との対立、個人の自我の確立といったイデオロギーがあったわけでもなければ、壮大な想像力の飛翔があったわけでもない。そんな芯のある強靭な美学ではなかった。

日本浪漫派とは、ただひたすら主観的な美を讃美し、美に淫した耽美主義であり、いわば西欧を手本にしながら日本独自の発展(かなり歪な)を遂げ、本来のあり方とはかけ離れた特異な形態となった宝塚歌劇、日本のシャンソンみたいなものだった。

したがって、その産物である『黒蜥蜴』の見栄えは、あくまで豪華で華麗で非日常的なものでなければならない。緑川夫人の居室はヴェルサイユ宮殿並みであり、壁に設置される裸像は古代ギリシャのアポロ神さながらでなければならない。

ところが、ここでは壁はコンクリートの打ち放し、ホテルのドアはベニヤ板、若い男の剥製は胸毛モジャモジャのむさ苦しい土方風情。浪漫派の洗練された美意識とは、およそほど遠い肌寒さだ。時折出現するミュージカル風の演出も、あるべき“妖しさ”を打ち消して妙に明るく健康的に見せてしまう。

これは予算不足や不適切な演出のせいというより、美術を担当する大道具方をはじめスタッフ一同が浪漫派の美意識を共有していなかったせいだろう。

日本でもロック・レヴォリューションが始まろうとしていた1962年当時、浪漫派の美学はすでに死滅しかけていたのかもしれない。この映画は、その墓標のように思える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?