世界最強の兵器はここに!?6
世界最強の兵器はここに!?6
著者:pirafu doria
作画:pirafu doria
第6話
【ゴブリンの軍勢】
「話って何だよ、エリス」
エリスに話があると呼ばれたパトは洗濯物を干した後、自身の部屋へと向かう。
ヤマブキに村を案内すると言ったこともあり、長い時間は取られたくはなかったが、エリスの“表情“を見て断ることはできなかった。
普段二人でいる時に見せる“ダラけた表情“とは違う。しかし、だからと言って、“優秀な魔法使いエリスとしての作り笑顔“ではなく、ただただ深い“不安“を隠す“優しい表情“。
そんな表情を見たパトは、エリスの話を断ることは出来なかった。
どんな話の内容であるかは分からない。どんな事件が起こるかは分からない。
でも、それに対して、エリスはパトを頼ろうとしている。
だからこそ、正面から話を聞こう。どんなに辛いことでも、どんなに大変なことでも、乗り越えられないことはない。
──あの約束もある。どんなことでも力になってやる──
パトは強く決意を決め、部屋の扉を開ける。
「あ、やっときた」
しかし、パトの決意は一瞬で揺らいだ。
パトの想定では、エリスは椅子に座り、真剣な表情で本題に入ると思っていた。
だから、こんな風にダラけモードでベッドの上でゴロゴロと寝っ転がっているなんて、微塵も想像していなかった。
「………エリス」
「ん、なに〜?」
「“真面目“な話があるんじゃなかったのか?」
想定外の光景に部屋でも間違えたかと思ったが、そんなことはない。
取り敢えず、エリスは寝ているが、こちらとしては問題はない。
文句の一つでも言ってやりたいが、言い合いになる方が厄介なので、そのまま話を聞くことにした。
エリスは寝返りを打ち、仰向けになると気怠そうな口を開く。
「ええ、そうよ。……あのー、“ヤマブキ“さんって人。あの人について、気になることがあるの」
気の抜ける姿勢であるが、“ヤマブキ“と聞き、その“話“の重要性に改めて理解する。
パトは“ヤマブキ“について、まだ深く知らない。彼女が“何者“で、“どこからやってきた“のか。未だに“不明“な点が多い。
しかし、エリスは何か知っている。
握手の時もそうだが、エリスにはヤマブキについて“情報“を持っているようだった。
パトは長話を覚悟し、椅子を取り出すとベッドの隣に置く。
「ヤマブキさんについてか……。何か知ってるのか?」
パトは椅子に座ると、エリスに顔を向ける。
たとえエリスが話をする姿勢で無いとしても、パトはそれに釣られるわけにはいかない。
どんな時でもどんな相手でも向き合うことが大切だとガオから教わったからだ。
しかし、エリスはパトの態度など関係なしに、今度は壁の方向に顔を向け、小さく体を丸める。
“ダラけモード“になったエリスだが、彼女の優秀さには嘘はない。
パトの頭の中にはエリスのあの表情がこびりついて離れない。
エリスが心配をかけないように誤魔化す時は必ず何かある。それはいつも彼女を傷つける。
優秀な彼女でも解決できないことはある。だからこそ頼ってほしい。
ヤマブキについて一体何を知っている。興味もあるが、それと同時に恐怖を感じる。
パトが喉に溜まった唾を飲み込むと、エリスが口を開く。
「……そう、ね。そうね。でも、その前に喉かが渇いたから、“お茶“ちょうだい」
「…………え」
エリスからの突然の「お茶くれ」発言に、パトは困惑して硬直する。
エリスは足元にあった布団を、足で器用に引っ張ると、布団に中に潜り込む。
「…………早くー、喉乾いたー」
「何でだよ!」
真面目な話をするのかと思いきや、いつも通りの“ダラけモード“。
しかも、お茶が持って来いとの命令付き。
「お茶くらい自分で入れろよ。どこにあるかは知ってるだろ?」
「いやよ、めんどくさい」
パトは深いため息を吹き、椅子から立ち上がる。
これ以上、エリスに文句を言っても意味がない。エリスがこの状態(ダラけモード)に入ると、絶対に動かない。
こういう時は大人しく、エリスの頼みを聞くしかない。
「はぁ、分かった……」
それにパトはどんな“些細“なことでも、“頼まれる“と断れない。
父親であるガオもそうなのだが、自身のことよりも他人のことを優先してしまう。そんな強い性があるのだ。
これも“村長家(エイダー)“の“呪い“なのだろうか。
「あ、ついでに“林檎“も剥いといて、買ってきたから……」
お茶を入れてこようと、部屋を出ようとしたパトにさらに命令する。
パトにはもう文句を言う気力もない。
「はいはい。バックの中?」
「当たり前でしょ、さっき見なかったの?」
バックを覗くと、中には三つの林檎が入れられていた。
「は〜や〜く〜」
「はいはい」
エリスに急かされ、三つの林檎を手に持ったパトは部屋を出る。
パトがキッチンでお湯を沸かし、林檎の皮を剥こうとナイフを手にした時。
玄関が勢いよく開き、駆けつけてきた。
「パ、パトさん!! 大変です!!」
それは村の門番であるルンバという青年。
ルンバは汗を垂れ流し、息を切らしてパトの元へと駆け寄る。
詳しい状況は分からないが、“事件“が起こったのは明らかだ。
「何があったんですか?」
パトはナイフを置き、急いでルンバにタオルを渡す。
ルンバはタオルを受け取ると、軽く汗を拭いて荒い呼吸のまま報告を続けた。
「ゴ、ゴブリンの大群です!! 大量のゴブリンが村に向かってきています!!」
「ゴブリンの大群!?」
ゴブリンとは魔素から発生したモンスターの一種であり、人間に害を成すことから討伐指定モンスターに分類されている。
一匹一匹では脅威とはなり得ないが、群れをなし武器を使用することから、油断できるモンスターではない。
しかし、だとしてもモンスターを見慣れているはずの門番であるルンバがここまで動揺していることを考えると、通常のゴブリンとは何か違った点があるのかもしれない。
モンスター大量発生の件もある。早めに打てる手は尽くした方が良いだろう。
「分かりました。案内してください」
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パトはルンバに案内され、村の“南側にある門“に着くと、すでにそこには騒ぎを嗅ぎつけた、村の男共が顔を合わせていた。
「来たか……パト」
パトに気づいた村人達は道を開けると、一人の男が顔を出す。
男は周りに比べると小柄で、それもあってか歳の割には若く見える。しかし、その顔は誰よりも落ち着いており、実際にこの場の誰よりもこの男は場数を踏んでいる。
「マティルさん、ゴブリンの群れはどうなってますか?」
「ああ、現在も進行中だ。自体の重さは……直接見てもらった方が分かりやすいだろう」
『マティル・ルリィ』。村の“防衛長“を勤め、若き頃は“王立魔法学園“に通っていたこともある実力者である。
そして彼の得意魔法は《風魔法》。周囲に風を起こし、それをコントロールすることに優れている。
マティルは“魔法陣“を展開すると、右手を下から上へと仰ぐように移動させる。
すると、パトの足元から風が吹き上がり、パトの体が宙に浮く。
マティルの《風魔法》により、上空に浮かび上がると、三メートルもある木造の防壁は既に足と腰の高さになり、外の様子を見下ろすことができる。
そして外を見下ろすことのできるようになったパトは、外を光景に言葉を失う。
「こ、これは……」
パトはゴブリンの大群とはいえ、精々五十程度の群れだと考えていた。
しかし、その予想を大きく外れた。
防壁の先にある、広く広大な草原。その土地を埋め尽くす全身緑色の小鬼。
その数およそ“五百匹“。
パトの想定を遥かに上回る数のゴブリンが村に向かって進行していた。
「マティルさん……下ろしてください」
パトは下にいるマティルに風魔法を弱めるように頼む。
「ああ……」
マティルが拳を握ると、風魔法の勢いは弱まり、パトの足は地面に帰り着く。
パトが降りたところで、村一番の臆病者、『パキス・ナマトナ』が涙目でパトに抱きつく。
「……あ、あの数は異常だ!! 勝てっこないぜぇ!! 逃げるしかねぇよ!!」
パトはパキスの姿を見て同情の目を向けるが、やるべき事は変わらない。
「それは無理です、パキスさん。ゴブリン達は確実にこの村を標的にしてる。もう逃げ場はありません」
モンスターとは意志を持たない非生物。
魔法計算を使用し、魔力を使用した際に発生する魔素と呼ばれる有害物質が一定数集まると、そこにモンスターが出現する。
モンスターは、魔力を持つ動物やモンスターを食うことで、更なる上位のモンスターに進化し、魔素融合体としての活動を可能にする。
そのため、人間や家畜を襲うのだ。
「ああ、奴らはより多くの魔力の集まる場所を好む。逃げたところで追われるだけだ」
マティルはパキスの肩を叩く。
パキスは顔を赤くし涙目になりながら、助けを求めるように周りを見渡す。
しかし、それを理解しているのは、パトやマティルだけじゃない。
すでに村人達の覚悟は決まっているようだ。そしてそれに気づいたパキスは地面を見つめて諦める。
パキスが納得したところで、マティルがパトの顔を見る。
「どうする? パト」
パトは集まってくれた村人達を見渡す。
「皆さん、手伝ってください。近づかれる前に数を減らします」
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南の防壁に二十四人の男が集まっていた。
「ありがとうございます。皆さん」
パトが頭を下げ、感謝の気持ちを伝えると、集まってくれた村人達は当然の事だと言って武器を手に取った。
「ここは俺たちの村だ。俺たちが戦わなくて誰が戦うんだ」
「……みんな」
「だが、戦えない女、子供には、北門からコット村に逃げてもらう。だよな、パト」
「はい。そうするつもりです。そちらはパキスさんにお願いしようと思いますが、お願いできますか?」
パトがパキスの方を向き、そう言うとみんなもパキスに顔を向ける。
パキスは自身の顔を指で指し、目を丸くして驚く。
「お、おれぇ!?」
「はい、パキスさんならコット村の人とも顔見知りですし、もしもの時に魔法も使えます」
「だったらパト、お前もシリバと知り合いだろうが!! 俺よりもてめーの方が……」
「俺は村を任されてます。今、村から離れるわけにはいきません」
パキスにはまだ不満があるようだが、マティルに肩を叩かれ、パキスは口を閉じる。
「時間がないんだ。頼むぞ、パキス。お前にしか頼めないんだ。俺の家族を守ってくれ……」
パキスは下を向くと、拳を強く握りしめ、覚悟を決める。
「…………分かった。やってやる!! やってやるよー!!」
「ああ、頼んだ」
マティルはパキスの背中を押し、村から脱出する人達を呼ぶために村へと走らせる。
残り戦う者たちはパキスに家族を任せて戦闘の準備をする。
防壁の数キロ先にゴブリンの大群がいる。
どこまで数を減らせるかは分からない。だが、やらなければ、後ろにいる家族に危険が及ぶ。
“家族“を守る為に、ここを最大の“砦“となる。
「マティルさん、《風魔法》で何人まで上空に持ち上げられますか?」
「同時に持ち上げて安定感を持たせるなら、十人くらいだな。それ以上だとコントロールが難しい」
「分かりました」
パトは額に指を当て考えると、残った村人に指示を出す。
「弓を使える人はマティルさんの《風魔法》で上空から弓で攻撃してください。後の方は俺と一緒に防壁に来てください。この村を絶対に守りましょう」
それぞれが持ち場に着こうと移動し、マティルが《風魔法》で弓を持った村人達を空中に持ち上げた時。
村一番の慎重者『ルンバ・アイロボ』が何かに気づく。
「ま、待って!! ゴブリンの群れに、“誰か“居る!!」
「え!?」
パト達がゴブリンの群れを注視すると、そこには“三人の男女“が必死になって逃げている姿が見えた。
装備や武器からして“冒険者“であろう。
三人は泥だらけになりながら、ゴブリンの群れから必死に逃げ続けている。
少し揉めてるようにも見えるが、かなり危険な状態なのは確かだ。
「はぁはぁ、ヤバいっす、このままじゃ追いつかれるっすよ」
「嫌よ! まだ死にたくない!! リトライダー、あんた囮になりなさいよ!」
「嫌だよ! 俺も死にたくはねぇ!!」
ゴブリンに追われながら村に向かっては全力で逃げる“三人“。それを見た村人達は動揺する。
「どうする、パト!!」
マティルはパトに意見を求める。
本来ならば、冒険者ごと弓で撃ち抜くつもりベストだろう。
冒険者とゴブリンの距離は精々数十メートル。すぐ側まで迫っている。冒険者達を助けようとすれば、自分たちにも“危険“が及ぶ。
「……村のため……です。彼らには…………」
パトが決断をしようとした時。
冒険者達の“声“が耳に入る。
「助けてくれ!!」
「私を助けなさーい!!」
「助けてくれっす!!」
それは助けを求める。救済を求める言葉。
ただ、それだけの言葉。
しかし、その言葉がパトの“決断“を“鈍らせた“。
「…………」
「……パト、撃っていいのか?」
「…………待ってください。マティルさん」
「パト…………辛いのは分かる。だが!!」
──パトは村長である父親のガオ・エイダーの背中をいつも見てきた──
どんな時でも、どんなことがあっても…………例えそれが愛する者の死際であっても、人々の支えであった。
困っている人を救い、助けを求める者に手を差し伸べる。
パトはそんな父親(ガオ)に憧れ、尊敬し、そして目指した。
だから、だからこそ、“絶対に“助けを求める者を見殺しにはできない。
しかし、今のパトにはこの事態を奪回する策はない。どうするべきか。迷い、苦しみ、父親を求めるように村を振り返った時。
あるものが目に止まる。
──そうか、そうだよな。俺がやるべきなのは、“村を守る“こと……この“場所“を守ることじゃない──
「……マティルさん、どんな結果になろうと後悔する。なら、今尽くせることを尽くすべきです」
パトは見渡す限り、村人が村に残っていないことを確認すると、
「マティルさん、風魔法を解除してください」
マティルに《風魔法》を解除し、弓での攻撃を止めるように指示する。
「待て、何をする気だ? パト?」
パトの指示を疑問に思うマティルだが、パトの言葉を聞き、パトの考えを理解する。
「ゴブリンを村の結界に閉じ込め、奇襲をかけます」
続く
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