プロダクトのピボットを決断するためにデータサイエンティストは何ができるか
プロダクトや事業を「ピボット」すべきか決める時、データサイエンティストができることはあるでしょうか。前回、 IPA から発表されたレポートをもとに日本のスタートアップ企業が米国に比べて約 30 分の 1 という低成長に陥っている原因としてピボット回数が約 10 倍少なく、それにより創業 3 年目までに Product Market Fit が達成できていないのではと推察しました。
私は機械学習界隈の人なので、低い成長率の原因と推察される「ピボット」を促すためデータサイエンティストができることを探っていきます。ピボットの定義、決断する上での課題、ピボットの種別、そしてデータサイエンティストが貢献できることについて、名著である「リーンスタートアップ」の 7章「計測」と 8 章「方向転換」を中心にまとめます。なお本記事におけるデータサイエンティストとは、データサイエンスの素養がある人材を幅広にさしていることを前提としていただければ幸いです。
トップの画像は D. Brandsma さんの change of direction を使用させていただきました。
ピボットとは何か
ピボットとはプロダクトが機能しているかの計測結果をもとにして「方向転換するか辛抱するか」決めることです。リーンスタートアップの中ではアントレプレナーが直面する中で最大級に難しい判断と書かれており、基本的に難易度が高い意思決定です。
「機能している」 : ユーザーの獲得状況、ビジョンの実現状況、収益の計上状況などが目標と乖離がないかを指します
「計測結果をもとに」: 定量・定性的なデータに基づくことを指します。書籍の中でも「方向転換」の前章に「計測」があります。
ピボット = 失敗というイメージがありますが、ピボットはプロダクトが進化するためのオプションの一つであり欠かせないものです。一つ体験談の紹介ですが、 Y Combinator に参加した carte のプロダクトマネージャー Shubhi Nigam さんによれば、プログラムの中でビジネス進化の手段として参加者らがピボットについて頻繁に話すことに衝撃を受けたそうです。ピボットは避けるべきタブーではなく、真摯かつ常日頃から議論すべきトピックといえるでしょう。 The Top 10 Company Pivots of All-Time では、 Airbnb や Netflix 、 Slack など著名な企業のピボット事例を知ることができます。
決断する上での課題
ピボットが難しいのは勇気が必要なためです。リーンスタートアップでは 3 つ理由を挙げています。
現状維持を正当化する指標がある
仮説が真か偽か判断基準があいまいで決断できない
純粋に怖い
1) ではプロダクトから得られるポジティブなデータに着目しピボットの必要性を否定します。書籍の中で、累計を図示した場合とコホートで図示した場合とで全く印象が異なることが挙げられています。
左図は時系列で累積の数をプロットしたもので、理想的な成長に見えます。右図のコホート図は横軸がユーザーが訪問した時期、縦軸が行動をとった割合を示しますが特段変化がないことがわかります。「アクティブユーザー数は伸びているか ? 」に対して左図から Yes といえるものの、「段階的にリリースしている機能は顧客の行動に変化を与えているか ? 」に対しては右図から No といえます。開発をしないでお茶を飲んでいても左図に近い成果が得られていたのではないか ? ということです。左図の好調の中でも不快な右図のサインをキャッチするかが一点目の難しさです。
2) では仮説が真か偽か判断基準があいまいなため「成功」と結論付けピボットの必要性を否定します。機能をリリースしてユーザーの行動に変化は起きていない。でもポジティブなフィードバックは聞けたからいいじゃない、といった具合です。達成したい KPI から論点をずらさずに実験結果を解釈できるかが二点目の難しさです。
3) 純粋に怖い、はその名のとおりです。うまくいっていないかも ? なんて思いたくない心理がピボットの必要性を否定します。危うい傾向やリスクに向き合う勇気が持てるかが三点目の難しさです。
ピボット種別
ビジネスの中核をなすプロダクト機能をはじめとしてピボットで変形させるポイントには様々な選択肢があります。リーンスタートアップでは 10 種類が挙げられており、下図ではそれらをビジネスモデルキャンバスにマッピングしています ( このマッピングは私の解釈です )。
顧客セグメント型 : 当初予定していた顧客ではない顧客の課題を解決していると観測できたときに行う。
事業構造型 : 観測された顧客の利用者層から、より収益性が高いビジネス構造がある場合に行う。少数顧客から高単価で収益を得るか、多数の顧客から低単価で収益を得るかなど。
成長エンジン型 : 観測された顧客の利用形態にとってより適切な課金モデルがある場合に行う。継続率が高いならサブスクリプション、拡散力が高いなら利用無料で広告収入など形態に応じ伸びやすいエンジンが異なる。
ズームイン型 : プロダクトの一部機能の利用頻度が高いことを観測したときに行う。特定機能に集中することでより洗練させる。
ズームアウト型 : プロダクトが他のプロダクトと併用される / 連携されることが多いことを観測したとき、プロダクトをより大きな一連の一部として機能するよう変更を行う。
顧客ニーズ型 : 本来解決しようとしていた課題とは別の課題が重要であると観測したときに行う。
プラットフォーム型 : アプリケーションよりもプラットフォーム、あるいはその逆に対するニーズが観測されたときに行う。
価値補足型 : 訴求していたプロダクトの価値とは別の価値が認知されている、価値交換性が高いことを観測したときに行う。
チャネル型 : 顧客にとってより利便性が高い / スケールしやすいチャネルを観測したときに行う。販売代理店経由から直販への切り替えなど。
技術型 : 同一のソリューションをより高度に、コスト効率よく実現できる技術を観測したときに行う。
すべてのピボットが「観測」に基づく点に注意してください。計測して決断するのがピボットです。
IPA の調査から、日本では「より本質的な顧客課題の発見」を理由にピボットすることが多く (43%)「顧客ニーズ型 」が多いといえます。ただ米国ではこの割合は多くありません (20%)。米国ではズームイン型を示唆する「プロダクトが提供する全機能のうち、特定機能への顧客のニーズの偏り」が 44% 、技術型を示唆する「利用するテクノロジーの制度やパフォーマンスの不足」(44%)、「ほかの有望なテクノロジーの出現」 (51%) 、顧客セグメント型 / 事業構造型を示唆する「他社との競争の激化」(52%) 、「投資家、メンター、パートナーからの影響」 (52%) も多いです。
以上の傾向から、ピボットが多い米国で単一の理由をもとにピボットしているのではなく様々な理由でピボットしていることがわかります。日本に比べ顕著に選択されているピボットとしては、ズームイン型、技術型、顧客セグメント型 / 事業構造型が挙げられます。
データサイエンティストによる貢献
データサイエンティストがやるべきことはプロダクトの成否を測るメトリクスの定義、計測、可視化、予測が基本です ( 前回の記事参照 ) 。ピボットは「現在うまくいっている」状態の否定から始まるので、基本的に反発を招きます。この反発を超えるため、リーンスタートアップでは 3 つのポイントを挙げています (7 章を参照して作成 ) 。
行動しやすさ : 因果関係の有無がはっきりしている。
わかりやすさ : データから言いたい警告が明確である。
チェックしやすさ : データや結論の真正性が追跡して確認できる。
1 の行動しやすさを実現するには、何をすれば計測結果を改善できるのかが明確である必要があります。例えばアクセス数が下がったことが問題であるとき、取れる選択肢としてキャンペーンの実施やサービスの機能改善など多様な選択肢があります。合理的に打つべき手段を提示することが必要です。
2 のわかりやすさを実現するには、平易かつ直感的にわかる数字と言葉で伝える必要があります。「コンバージョンレート」という単語一つとっても、「訪問者数のうち、購入に至った人の割合」というかどうかで伝わりやすさや明確さが変わってきます。データは一人一人の顧客の行動から生まれているので、どんな行動があってどんな行動がないのか、現実にひも付いた言葉で伝えることで分かりやすさが向上します。
3 のチェックのしやすさを実現するには、データの出どころをたどれる必要があります。こんなデータは嘘だ、と言われたときに真正性を示すためデータの取得や加工方法を示すこと、また直接ユーザーにヒアリングできる追跡性が欠かせません。
具体的なメッセージとしては「顧客は広告からサービスでの購入を開始するものの 1 か月以内に再度利用する機会は目標 X 回に対し Y 回しかなく推薦メール機能実装後も変動はない。購入した顧客へのインタビューから、購入体験に不満があり推薦メールを捨てていたと聞いている。そのため推薦メールよりも購入体験の改善が必要である。」などといえるとよいのではないかと思います。以下の記事は進め方の参考になると思います。
日本のスタートアップの傾向から伝えるべき現状は主に以下 3 つと想定されます。
プロダクトの成長につながらない機能がある
ズームイン型が少ないことから、価値に貢献できていない機能を特定し停止を提案する必要がある。新技術の登場により提供機能が周回遅れとなっている
技術型が少ないことから、データサイエンスの分野では特に生成 AI などで実現できる価値を提案する必要がある。プロダクトが市場シェアをとれない
脆弱なビジネスモデルやスケールできない状況に陥るケースが多いことから、市場の競争環境や収益モデルの健全性についてモニタリングしアラートを挙げる必要がある。
いずれも嫌な役回りでデータサイエンティストがやることか ? という説はあると思います。もちろん採用時の職掌によりますが、構築した機械学習モデルがプロダクトの成長につながっていない事態を避けるならば逃れられない仕事になると思います。
おわりに
本記事では、日本のスタートアップの成長率が米国の約 30 分の 1 である原因として大きいピボットの少なさをどのようにデータサイエンティストが改善できるかを考察しました。
わが身に振り替えると、私は AWS の Developer Relations としてプロダクトでの機械学習の活用が増えるよう ML Enablement Workshop の開発、提供、普及を行っています。 ML Enablement Workshop の認知は GitHub の Star を見れば着実に増えており AWS Japan が公開するリポジトリの中では最も高い値 (200 超 ) になっています。ただ、 GitHub を見て提供してほしいというリクエストが私に来たことはまだありません。 AWS のお客様からの引き合いが中心です。
いわゆるアクセスは増えているもののアクティベートが増えていない状況です。私も現実に向き合い、年内に「認知を提供につなげる」ための活動を推進しています。コンテンツとして今年 6 月ごろから提供している改善版は定量・定性面での評価が改善前より高くなっており、引き合いが増えればより活用事例が増えると考えています。生成系 AI 活用についての記載も入った改善版はもうすぐ main にマージされる予定です ( ぜひ Star + Watch いただければと )。
ピボットとしては、今の 3 部制は時間がかかる課題があり、最も価値が高いパートにフォーカスしたズームイン版を検討する必要があるかもしれません。また、「認知を提供につなげる」観点では GitHub 以外のチャネルを使うことも有力な選択肢です。
私自身、現実を直視する勇気を持ちプロダクトとしてのワークショップを改善していきたいと思います。
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