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1分小説『深夜、東京の地上30メートルでカップラーメンすする。』

「腹減ったな」


真夜中、ワンルームは月明りでまぶしいくらいだけれども、目が覚めたのはきっと食欲のせい。布団を這い出して、転がりながら台所へ。水垢のついたヤカンを東京の水で半分ぐらい満たし、コンロに叩きつけた。湯が沸くまでの間に窓を大きく開けて換気、無駄に見晴らしの良い線路前。食器棚を開けて食料の備蓄を探る。ここも見晴らしがよく、がらんどうの隅にカップ麺一人。赤と白、スタンダード、シンプル、イズ、ベスト。夜の風ひゅるり。終電も走らない線路は、今日の終わりか、はたまた明日の始まりか。静けさの中でヤカンがピーピー言っている。


こんなにも日々を浪費しているのにもかかわらず、たった3分間が恋しくて二分ほどで蓋を開けた。正確な時間は分からない。けれど、こんな深夜に窓を開けているのは、きっと、この部屋くらいだろう。
プラスチックの容器はふかふかして、それでいて、とても暖かい。結構な高温なのにその程度で済んだのは、2月がまだちょっと寒いからだろう。

湯気を引き連れて窓際にいく。しばらく窓を開けていたから、部屋はもう外の匂いだ。床に散らかった就職活動の資料が、風の存在を証明しながら廊下へ消えていった。
外と中の境界線上、あぐらをかく。一回息を大きく吐いて、改まって麺を啜った。鼻を香しい熱気が通ると、耐えきれなくなって、スープを一気に引き寄せてしまった。少ししょっぱい温かいものが、冷えた体の中を落ちていくのが分かる。もう一度同じことを繰り返すと、寝起きの体がついてこなかったらしく、著しくむせてしまった。こういったものは一口目が一番美味しい。


うちのベランダは安っぽいアルミの柵と歩けば軋みそうなコンクリートだ。高所恐怖症ではない私だが、あまりにも頼りないそれに自分の命を預けようとは思えなかった。だから、この地上30メートルの景色を生で体感したことは、ほとんどなかったと思う。

パノラマ、前方には線路。4本のレールを挟むようにして、都会の青草が懸命に、そしてふてぶてしく背を伸ばしている。その奥には高級そうな住宅街。この世界がどうだとか、社会が悪いとか、そんな無責任なことを言うつもりはないが、確かに格差はここにはあった。まあ、今夜は私が見下ろす側だけど。ずっと遠くにはTOKYOのビル群。夜に一層輝く彼らは、なにか巨大な生物のようだ。あれに用途と意味が無ければ、私は今頃、感動しているかもしれない。

カップ麺の容器はもう冷めていて、大分軽くなっていた。まだまだ収まらない空腹感。またすぐに次が欲しくなってしまう。少し粉っぽいスープを飲み干すと、たった一つ黄色い塊が顔を出した。箸で持ち上げたら崩れ落ちそうで、口に入れたらちょっと甘い奴。カップごと傾けて、一気に飲み込んだ。残念、甘さを感じる暇もない。残ったのは少ししょっぱい後味と、すっかり温まった身体。息を吐く、やっぱりこういったものは最後の一口が一番うまい。






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