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インドと中国での「枇杷の葉」の歴史(ビワの葉を知る)

海の見えるビワの郷「PippiArtVillage ピッピアートビレッジ」です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
私たちのビレッジで実際に研究している「ビワの葉」や薬草についてご紹介しています。

今回の記事は「ビワの葉療法のすべて」など多くの書物を書かれた自然療法研究家・神谷富雄先生の著書「体によく効くビワの葉療法全書」(池田書店)よりご紹介させていただきます。
詳しくは、記事の最後に本のご紹介をしておりますので、ぜひお読みください。ビレッジでは、多くの先人の皆様の療法をもとに、実際にチャレンジしてみて、家庭で誰でもできる方法を考えて記事にしていきます。
ぜひ、ご活用ください。


ビワの木は、インドや中国の南部が原産地。

【インド】

ビワの葉療法は、お釈迦様の時代からあったそうです。
仏教の古い経典「大般涅槃教」(だいはつねはんきょう)の第9巻の「如来性品」には

ビワの木を「大薬王樹」(だいやくおうじゅ)
ビワの葉を「無憂扇」(むゆうせん)

と呼んで「生けるものすべての病を癒す」とたたえられているそうです。

ちなみに当時のインドにはすでに高度な医学があり、耆婆(きば)という古代インド伝説の名医でお釈迦さまのお弟子さんは、インドに生えている草を使って麻酔を行い外科手術をしたとか。

【中国】

古い時代からビワの葉が「枇杷葉」(びわよう)と呼ばれ漢方の生薬として活用されて重要な位置を占めていました。
代表的な漢方書「本草綱目」(ほんぞうこうもく)では、薬用となる約1900種類の動物、植物、鉱物が収録されていますが、その中にもビワの葉のことが詳しく記されているそうです。

【日本】

日本では弥生時代の遺跡からビワの種子が発見されていることから、かなり古い時代に入ってきていたようですが、その知識、治療法が本格的に伝えられたのは、奈良時代、仏教と共に日本にやってきてから。

この時代、中国にならって律令制度が取り入れられたものの、一般人の暮らしは貧しく生活困窮者、疫病に侵された人々が溢れていたそう。

730年(天平2年)、光明皇后が、病気の人々を収容し医療を施し孤児や捨て子を養う「施薬院」「悲田院」を作り、そこでもビワの葉療法が行われたそうです。
その後、江戸時代にもビワの葉とその他の生薬をブレンドした飲み薬が売り出され、人氣だったそうです。



海の見えるビワの郷 Pippi Art Village

ココロとカラダとスピリットを癒せる情報を研究、実践しているアートビレッジ。
森に囲まれた良い環境の中に自生しているビワの葉や野草の販売、
カラダが喜ぶ衣食住のアイデア、アートによるココロのケアまで楽しみながらお伝えします!

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