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嘘のエッセイ 「新入社員の田中」

新入社員が入ってきた。そいつは社長に紹介されながらニコニコとしていた。先輩として笑顔で受け入れなければいけない場面だったけど、真顔で「よろしくお願いしますね」と挨拶するので精一杯だった。だって、白熊だったから。

「どもっす。よろしくっす。」

お前、喋れるのかよ。いや、そりゃここで働く以上は喋れないと困るけど、なんでちょっとチャラいんだ。なにがどうなってるのかと思っているのは僕だけで、他の職員も施設の利用者さんも、普通にしていた。

そいつはもう、本当に自然に受け入れられていた。初日の昼休憩を終える頃には完全に職場に溶け込んでいた。周りがそんな風なので、僕もそのうちどうも思わなくなった。

「田中幸男(たなかゆきお)っす。ゆきちゃんって呼んでくれると嬉しいっすね。」と胸を張り言っていたが。色々と突っ込みたくても、そんな段階は通りすぎてしまっていたのでスルーした。

田中は体が大きすぎるので制服が着れない。かわりに木製の名札を首からさげることとなった。動物園みたいだと思ったけど、本人がとても気に入っていたからまぁいい。

はじめての入浴介助指導の際、ある利用者さんがお風呂を強く拒否した。いつものことなのだけど、初めて見たなら驚くだろう。こういうこともあると伝えようとすると、田中はいつの間にか婆さんの前で両手を広げて立っていた。


「俺なんか常に裸で仕事してるようなもんっす!俺の方が恥ずかしいっす!」


たぶん、誰より先に僕が吹き出して笑った。すぐに婆さんも耐えきれないように笑い出し、最後に田中もふわふわの頭をかきながら笑った。

・・・結局お風呂に入ってはもらえなかったけど、僕はなぜか満足していた。田中は、すこし悔しそうだった。

白熊に仕事を教える奇妙な日々も2周感を迎える。今日は初めての夜勤指導だ。ピークをすぎ皆は寝静まっているが、田中は緊張している様子。僕と一緒だから大丈夫と言っても「はい、分かってます」と繰り返すだけだった。お前はテンパったらちゃんと敬語が使えるんだな。

今回と次回は付き添えるけど、それからは一人立ちだ。それでも大丈夫なように指導するのが僕の役目。とにかく、不安をすこしでも軽くできるよう言葉をかけた。

「何かあったら社長に電話をかけたらいいよ。あの人はいつでも対応してくれるから。」

すると、田中は複雑そうな顔をして言った。


「・・・ぴぴぷる先輩、俺、手が大きすぎて電話かけれないっす」


ーこりゃ困った。と、思ったがこいつアイフォン持ってるじゃん。


「いや、siriに頼めばよくね」

「先輩天才っすか。あ、そういや前からそうしてたっす。」


僕はやっぱり吹き出すように笑ってしまった。田中もそれを見て笑った。なんだか、楽しくなりそうだと思った。


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