嘘のエッセイ① 「てきとーお化け」
上司に殺される夢をみた。瞼だけが勢いよく開いて、わずかに震える。
ゆっくりと鼻から息をつき、スマホを見た。まだ5時をまわっていないくらい。もそもそと布団から出て、トイレをする。普段なら笑っちゃうくらいの量と勢い。なのに、表情は動かない。
ふらふらと窓の方へゆく。鳥の鳴き声と、一台の車が走っていく音。静かだ。
ただまぁ、肝臓の悲鳴がうるさいから、穏やかではない。
顔を洗おうか少し悩む。このまま一日を始めればよい休日が過ごせそうな気がする。でも、二度寝するのだ。
*
目覚めると11時をすぎていた。冷蔵庫を開きお茶を取り出す。家で一番大きいグラスにいっぱいに注いで、音をたてて飲み干す。すげーうまい。
こんなことなら毎晩お茶でいいのではと思うけど、そうはいかない。性根に酒が染み渡っている。いまはとても呑む気にはならないが、きっと夜には呑んでいるだろう。そういう奴だ、俺は。
ボサボサの髪をニット帽で隠して、しまむらのダウンを羽織り外に出る。とてもいい天気だ。
新鮮な空気を吸い込むと、さっきのお茶より体が喜ぶ。なんか不思議。
いつもの散歩道を歩いていると、公園におっさんがいることに気づいた。ベンチに座ってワンカップを呑んでいる。横にあるレジ袋はパンパンだ。全部酒だろうか。
この町のどうしようもない呑兵衛が僕だけじゃないと知ると、妙に暖かな気持ちになる。
けど、絡まれると面倒なのも知ってる。そのまま歩いていこう。
「おー!にいちゃん!そこのにいちゃん!」
ほら、言わんこっちゃない。見てみると、おっさんが大袈裟に手を振っている。小さなため息をつきながらも、少しわくわくしている自分もいた。
*
おっさんは新しいワンカップを取り出すと、俺に手渡した。レジ袋の中身が予想通りすぎる。
「あんちゃん日本酒好きか?好きやろ?なんか好きそうな顔してるわ。」
でたな、てきとーお化け。俺は笑って頷く。
「おじさんも同じ口ですか?」
「あぁー違う違う!わしは別に好きじゃないんや。」
そんなわけあるかよ。
「これしか飲めないだけや。炭酸は苦手やし、焼酎は強すぎるしな。ワインなんてハイカラすぎてよーわからん。これでええんや。」
そう言うと、また一口酒を煽る彼。その横顔は嬉しそうだ。肝臓はいまだにアルコールを拒否しているけど、心はもう傾いてしまった。もらったワンカップの蓋をあける。少しだけ掲げて、無言の乾杯をした。
「ずいぶん暖かくなったなぁ。もうすぐ桜の季節や。そうなると、あまりこういうことはやれんくなるの。」
「・・・気にしなくてもいいんじゃないですか。自分が楽しければいい。」
そう言うと、おっさんは俺の背中を強めに叩いて大きく笑った。ワンカップから僅かに酒がこぼれる。びっくりしたが悪い気分ではない。世にはびこる無数のてきとーお化けは、大抵上機嫌だ。それを好ましくおもう。
「まぁそういうわけにもいかんやろ。なによりわしが楽しくないしな。花見なんて明るいのは、性に合わんで。あんちゃんが一緒ならええけどな。」
きっと、それは俺じゃなくてもいいんだろう。それでも嬉しくなってしまうから、我ながらどうしようもない。
チビりと、ワンカップを一口呑む。大関は初めてだ。安酒と手にとってこなかったけど、悪くない。隣では、変わらずにおっさんがニコニコとしている。
二人が花見をすることはきっとない。この場の言葉はすべて、ただのつまみだから。
そう思って酒を呑む。おっさんも同じように呑む。本音とも嘘ともつかない言葉を、ぽつりと交わしながら。
どこまでこの時間が続くだろう。ひとまず、今日はいい夢をみれそうだと思った。
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