ティーンエイジ・ドリーム

夢だったアイドルになっていくつかの季節を越えた。
オタクはきもいし練習はだるいし毎日の行動に制限はあるし大学のサークルには顔を出せないしやなことはたっくさんある。
アイドルブームにのっただけのコンセプトも何もない私たちに売れる兆しは今んとこないし、きっとこれからも見えないだろう。

毎日大学で遊んで男の子たちにちやほやされながら安いチェーン居酒屋で飲み会しまくってたほうが私には合っていたのでは、と思いながら今日も自撮り。うん、私、まだかわいい。大丈夫。

「あおいちゃん、今日練習終わってからひま?」

メンバーの中でも一番関わりがないと言っても過言ではない笠原かなに声をかけられたのは、そう、めちゃくちゃに暑い日だったことだけ覚えてる。安い貸しスタジオで汗だーだーで、みんなが文句を言う中一人真面目にステップの練習を何度もする笠原かな。それでいてメンバー内で一番ダンスも歌も下手なのはなんていうか、かわいそうだなとぼんやり思ってた。

「んー、別に用ないよ。何?」
「あのさ、ご飯食べに行かない?」

かなに誘われるなんて珍しいこともあるもんだ。
この子と何を喋ればいいんだろうなーと迷いつつも二つ返事でオッケーをしたら、かなは表情をさして変えないまま嬉しいな、と言った。
かなの好きなところをあげるとしたらこういうとこだなと思う。この、思ってもないことをさらっと言えちゃう胡散臭さ。かなのそれは、騙す気がなさすぎて逆に清々しい。


かなが行ってみたいと言ったのはかわいいカフェでもこってりラーメンでもなく、私がよく行く軽い個室の大衆居酒屋だった。へぇ、この子こういうところ行くんだ。いかにもお嬢なのに意外。そう思ったら
「私、こういうとこ入るの初めてなんだよね。あおいちゃん前にお酒飲むって言ってたから一緒に来てほしくて」
っていうから少しだけイラっとする。なんだか、自分がそこらへんの女の子として扱われた気分。

「えっと、とりあえず生と…かなちゃんは?」
「え、あおいちゃんとりあえず生とかオトナだー。わたしも同じの」
「ビール飲めるのかなちゃん」
「あおいちゃんと同じの飲みたいの」

運ばれてきたビールへのリアクションを内心ワクワクしていたが、当たり前のように飲み干し私をまた少しイラつかせたところでかなが喋りだした。

「あのさ。わたしグループやめるのね」

そんなことだろうと思った。
なんてもちろん口には出さずに驚いたふりをする。へ、と口から漏れた空気のようなものをかなは処理せずそこに置いておくから、出してみた感嘆符がお通しのキャベツの上でふよふよしている。

「急だよね、なんで?」
「んー…いちばんの理由はね私、留学したいんだよね。それでそのまま英語使う仕事に就きたいの。」

いかにもかならしい、完璧な答えだった。
ファンをがっかりさせるスキャンダルとか、最後くらいオタク嫌いだとか、そういうのないのかなこの子。

「あとはわたしあおいちゃんみたいに人気ないし」

確かにグループでかなはいちばん人気がない。別に可愛くないわけじゃないけど取り立てての可愛さはないし、本当に清楚系が好きなんだろうみたいないかにも処女しか好きじゃなさそうな気持ち悪い人種の熱狂的な人が数人いる感じ。なんて言ったかな、あのコウタって人とか。

「そんなことないと思うけど、留学が理由なら仕方ないよね」
「そうそう。休業とかしてもきっとその頃にはわたしの居場所ないし、お金もある程度たまったし。今が辞めどきかなとか思ってさ」

そう言いながらもう二杯目を飲み干してしまいそうなかなちゃん。意外と、いつも飲むのかなこの子。

意外とお酒が強い、みたいなギャップを持ち合わせてるかなちゃんにあおいはまたイラッとする。何が嫌いとかそういうんじゃない。でもかなちゃんの存在はあおいの中の「完璧な女の子」像をかき立ててそれがムカつくんだと思う。あー、わたしがなりたかった女の子って多分これなんだよなぁ。顔がかわいくても誰よりも運動神経良くても、わたしはそれだけなんだもん。アイドル以外の何にもなれない。わたしみたいに見た目と身体能力がいいだけの中身空っぽなお人形が、アイドルにいちばん向いてるんだと思う。

私、本当はアイドル以外の何者かになりたい。

「あのさ、わたしあおいちゃんに初めて会った時めちゃくちゃかわいい子がいるなと思ったの」
「あはは、ありがと」
「うん、でもあおいちゃんってそれだけだよね。本当にかわいいだけで出来てる女の子。そこがわたしはめちゃくちゃに好きなの。わたしみたいに変に考えてうまく振る舞えないとか逆にやりすぎるとか、人を騙すとかそういうのできなさそうで」
「なにそれ、悪口?笑える」
「ううん、褒めてるつもり。あおいちゃんはアイドルとして完璧だと思うし、わたしはあおいちゃんみたいになりたかったよ」

悔しいけど、本当にその通り。わたしは本当に完璧な偶像。空っぽで、いちばん溜め込みやすいパーフェクトな偶像。
アイドルなんてかなちゃんみたいな、本当に身のあるしたたかな女の子がやるもんじゃないよ。

「…かなちゃん、私まだイケる?」
「なに言ってるの、あおいちゃんはいちばんかわいいよ」

自分のオタクに幾度となく言われてきた言葉だけど、かなに言われるだけで涙が出そうになる。
ああ、自分のアイドルに認めてもらえるのってこんなに嬉しいんだ。ぞくぞくする。


「わたしはアイドルとしての賞味期限がもう切れそうだから。切れる前に辞めてしまわないと。」

そんなことを言って辞めていったかなちゃんのお腹が膨れ上がっていることを知ってたのは、それから何ヶ月も経ってからのことだった。
うまくやったな。ただそれだけ。

かなちゃん、私は毎日まだアイドルしてるよ。いつ賞味期限が切れるかわかんない世界で、ビクビクしながらキラキラにしがみついてるよ。

きっと一生会えない偶像。
もう一度だけ、あの偶像の笠原かなに会いたい。
夏になるとそう思うんだ。

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