しあわせ

ここから車で1時間くらいかな、わたしは運転が丁寧だからもっとかな。阿呆のような面をして、平凡な家、平凡な匂い、平凡な音、平凡な言葉に守られた平凡なお前。
わたしはお前の人生を容易に想像できた。お前の両親や、友人、恋人、そして絶望と希望。好きな映画、好きな音楽、好きなたべもの、すきなにおい、すきなことば、いわれたいこと、いいたいこと。
「お前って、なぁんにもないんだね」と言うとお前はくぅくぅと惨めそうに鳴いた。まじめとみじめって似てるよね。お前はひとりが嫌なんだね。
お前は柔らかな皮膚に包まれて「とくべつ」と続けて言った。「とくべつ、とくべつ、とくべつ」最近覚えた言葉をたくさん話して、お前は幸せそうだった。「とくべつ」って、何かも知らないくせにね。
お前は地獄を見たことがなくて、血を吐きながら手に入れた成功とか、怖くて眠れない夜とか、何も知らず、フラット、平坦、すべすべ、なめらかな人生。お前の肌は綺麗だよね。「きれい」って言葉も知らないよね。
お前は得意げに尻尾を見せてくれた。わたしはお前が自慢してる姿がいじらしくって誇らしい。お前の尻尾、お前は見えていないんだろうけど、掃き溜めみたいな色の鱗が点在していて、所々剥がれかかってもいて、のぞく乳色の皮膚が脈打つのが気持ち悪いね。お前、尻尾を撫でられて気持ちよさそうだね。
お前が歩いた後には濁った色の液体がぽたぽた落ちていて、お前の大きな腹から漏れ出しているみたいだった。ガソリンみたいな臭い、また変な物を拾い食いしたんだね。
わたしがキスするとお前は身体をぶるぶる震わせて、「しあわせ」と言った。何度も何度も、続けて言った。「しあわせ、しあわせ、しあわせ」ちょうど自慰と同じ速度で、「しあわせ」が溢れ出す。身体の動きに合わせてお前の尻尾から鱗が剥がれ落ちて、乳色の皮膚がわたしを見つめて確かに微笑んでいた。

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