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不名誉な皆勤賞

私の母校である地元の公立中学校が皆勤賞制度を廃止したと聞いたのは一昨年のことである。
皆勤賞を目当てに、体調が悪かったり風邪菌を持っている生徒が無理をして登校し、その風邪が他の生徒に感染するということが多かったため、その制度を取り下げたそうだ。
納得のいく理由だ。そもそも1日も休まず学校に行くことが賞賛されるというのも滑稽な話であると今になって思う。元々身体が弱い子は勿論、家庭の事情で休まざるを得ない日が多い同級生だっていた。『皆勤賞』とは、ほどほどに恵まれた家庭環境と生まれつきの健康体が前提条件にあり、その上にある土俵で勝負した結果貰える賞なのだと、最近になって思うようになった。
かくいう私は、中学3年間どころか高校3年間も……つまり6年間皆勤賞を貰った生徒である。6年どころか、大学入ってから半年経つが履修している講義を1日も欠かさず全て受けているため、皆勤賞を継続中である。皆勤賞に何の恩恵もないことをこの身で感じているからこそ、今になってへそ曲がりなことを書いてしまうのだ。笑って許してほしい。

私は高校で3年間クラス替えのない学科に所属していたため、入学から卒業まで同じクラスメイトと共に過ごした。
そんなクラスメイトの1人に、中学の頃小さなモデルの仕事をやっていたという女の子がいた。その話を初めて聞いた時は、驚きよりも納得を先に感じた。入学前の合格者説明会の時、校舎内の同じエレベーターに乗った中学の制服姿の彼女を見た時の衝撃を今でも覚えている。すらっと長い手足に拳ほどの小さな頭。目元のまつげはエクステを付けているのではないかと思うほど長く、小ぶりな顔の真ん中にある筋の通った鼻は知的な雰囲気を醸し出していた。使い古された言い回しだが、絹のように美しい黒髪も彼女の容姿をさらに引き立てた。
田舎育ちの私は、漠然と『都会の女の子は可愛い』と思っており、実際にその説明会に参加していた都市部から来た同級生の女の子たちは可愛かったが、彼女の美しさは別格だった。
私と彼女は出席番号が5つほど前後し、ちょうど彼女の座席は私の右斜め前だった。授業中、窓から差す光を受けた彼女の細くて長い髪が透ける様子を見るのは私の密かな楽しみだった。彼女は殆どの授業を寝て過ごしていたため私の視線には気づかないでいてくれたと思うのだがどうだろう(斜め後ろから見る寝ている姿も綺麗で私はいつも見とれてしまった)。

彼女は誰よりも美しく、それでいて奔放な女の子だった。
彼女の茶目っ気エピソードは同級生と集まると必ず話題に上がるほどである。それらのエピソードはあげ始めたらキリがない。彼女はよく学校を休んで1人か、もしくは学校と関係のない人たちと遊びに行って素敵な時間を過ごしていた。
容姿の憧れは勿論のこと、私は彼女のその奔放さが羨ましかった。可愛い言い訳が思いついてしまうその賢さと、行動に移す度胸が、私はたまらなく羨ましかったのだ。

好きで6年間も皆勤賞を貫いた訳じゃない。

高校は何度も辞めたいと思っていた。特に入学して1年間は、担任や学科の教員と上手く付き合えず、毎日行きの電車内で『今日が最後、今日が最後の登校日にしてやる』と思いながら通っていた。3年間毎日毎日、その日が最後の登校日になることを計画しながら私はバカ真面目に通い続け、そうであるべきタイミングで正式な“最後の登校日”を迎えたのだ。
田舎から都市部にある高校へ通っていたため通学時間も長く、1時間以上電車に乗りっぱなしであった。その車内で何度も吐き気を催したし、何度も途中下車して何処か遠くへ行こうとも思った(今考えると実に青二才的な考えで恥ずかしくなる)。

けれど私はそれができなかった。だって学校のサボり方だなんてそんなもの、これまで習ったことないからわからないし、嘘の組み立て方なんて思いつかない。バレたらどうするの?と考えだしたらキリがないし、親の顔も怖かった。いいや、それらは全て言い訳だ。私が一番恐れていたのは、1日休んだその日を境に、次の日から学校へ行けなくなるのが怖かった。
最終学歴を中卒にできるほど勇気も度量もない。世間体は気にする方だし親の最低限の期待を裏切るのも恐ろしい。甘美な一日を味わうことで、その日以降自堕落になってしまうのがなによりも恐ろしかったのだ。私には休む勇気がなかった。

漫画でも小説でもJ-POPの歌詞でも出てくる『学校をサボってナントカカントカ』というフレーズに未だに強い憧れを抱いてしまうのは、学生時代のこういった劣等感によるものだろう。
一度でいいから、朝から授業をサボって一日中汚い映画館で映画を観てみたかった。高校を卒業してしまった今となっては手遅れだけれど。
大学生的に言うなら、一限サボって恋人の部屋でセックス? なんだか青春の煌めき感が冷めてしまうようでつまらない。

そんなわけで、私にとって皆勤賞なんてものは、自分がいかに気が小さく間抜けだったか思い知らされる不名誉な賞でしかなかった。これは負の刻印だ。お前は3年間、いや、6年間も周りが上手な大人になる中で足踏みをし続けたんだぞ、という刻印を貰ったのだ。

そう考えると、皆勤賞が廃止にされて安心感も湧いてくる。こんな不名誉な思い出を賞状という形あるもので残されたら堪ったもんじゃない。そんなものさっさと無くしてしまえ。『青春』だなんて言葉を使うと妙に薄っぺらく感じてしまうが、その儚く短い時間は、自分が最も美しくいられる使い方をするべきだと今になって思う。 そう、今になって、だ。今更ですがね。


例の美少女さんとは、偶然にも同じ大学に進学した。基本祝日も講義があるこの大学に通う彼女は、海の日に朝からサボって1人で海に行ったそうだ。あぁ、なんて愛らしい。やはり彼女は私の中で最も美しい。


#エッセイ #暮らし #学校 #皆勤賞 #8月31日の夜に