治療を始めたきっかけ
きっかけは、兄者だった。
元々「ものすごく子供が産みたいわけではないが子育てはしてみたい」くらいの考えで、なんとなく子作りに励んでいた。風疹ワクチン打ったり仕事の都合だったりで一時的に避妊した時期もあったし、子供ができなくても気にしていないつもりだったけれど、夫は「そんなに気になるなら一度受診してみたら」と何度も言ってくれていた。今思えば、自分でも気付かないうちに思い詰めていたのだろう。
結婚して2年半くらいたったある日。
いつものように院内食堂で昼ごはんを食べていた時のこと。一緒に食べていた先生たちと、今度の連休どうする?という話題になり、後輩のAちゃんがこんなことを言いだした。
「B先生は奥さんと×××××行くとか言ってましたよ!でも奥さん妊娠してるのに旅行とか大丈夫なんでしょうか?」
頭が真っ白になった。自分でもなんなのか分からない、今まで感じたことのない何かが、胃の辺りでぐるぐるしていた。口を開くと余計なことを言ってしまいそうで、必死で愛想笑いしていたのを覚えている。
B先生はわたしと同年代の男性医師で、わたしより1年くらい後に結婚していた。わたしより後に結婚したB先生の奥さんが、わたしより先に妊娠した。だから何だというのか、この時はよくわからなかったけれど、午後の診療中そのことがずっと引っかかっていた。
その日の夕方。わたしはこの日カルテ整理の当番になっていた。いつものようにお茶とイヤホンを持ってきて、さあやるかと電子カルテを立ち上げた時、奥のカンファ室から他の先生たちの声が聞こえてきた。
奥さん妊娠してるのに旅行とか大丈夫なんですかー、えっだめかなぁ、ダメじゃないかもしれないけどうちは……
苦しい。嫌だ。なんだこれ。叫びたい。逃げ出したい。
慌ててイヤホンを着けて、大好きなNightwishのGhost Love Scoreを大音量で再生する。聞かないように。聞こえないように。さっさと当番を終わらせて帰らなきゃ。
もやもやぐるぐるしたまま帰宅して、いつも通り夕飯とお風呂を済ませて、いつも通り刀剣乱舞のアプリを立ち上げた。当時わたしは髭切難民で、数ヶ月前に鍛刀してからずっと兄者兄者ばかり言っている膝丸のために、髭切を探して鎌倉を周回していた。
何周目かで、ついに髭切がドロップした。膝丸ーーー!!!兄者来たよーーー!!!
さっそく近侍に据えて、つついてみた。
「他人に嫉妬とかよくないよ。鬼になっちゃうからね。もっとおおらかに、ゆったり過ごそう」
泣き崩れる、というのはまさにこのこと。夫が先に寝ていたので必死に声を抑えて、ぼろぼろ泣いた。
わたし、嫉妬してたんだ。あっさり妊娠したM先生の奥さんに。街ですれ違う妊婦さんたちに。
ランダムに再生された音声データがたまたまその内容だった、そう言ってしまえばその通りなのだけど、わたしには、彼がわたしの嫉妬心を見抜いて嗜めてくれたのだとしか思えなかった。
兄者のおかげで、不妊治療を始める決心がついた。兄者がいなかったら、わたしは今も嫉妬心でぐるぐるしていただろうし、駅の階段でマタニティマーク2個付けした妊婦さんを突き落としていたかもしれない。
ありがとう、髭切さん。
ちなみに今日2020年11月18日は、髭切極実装の翌日で、うちの本丸は一晩悩んで結局朝一番に彼を修行に送り出したところだ。どんなに優しくて頼もしい刀になって帰ってくるのか、とても楽しみ。
ご支援ありがとうございます。なにか美味しいもの食べてきます