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映画パンフレット感想#26 『悪は存在しない』


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感想

サイズは約179mm四方。通常版を購入したため気づくのに時間を要したが、特装版には7インチレコードが付いているらしく、そのサイズに合わせてのことだろう。パンフレットの形状もまた映画と同様に、音楽家・石橋英子氏の存在がきっかけで誕生したものといえそう。

巻頭には濱口竜介監督による前書きがある。そこに綴られているとおり、物語や描写の意図を紐解いていくというよりも、『悪は存在しない』と『GIFT』がどのように生まれたのかをスタッフや俳優が対話しながら明らかにしていくような、メイキング本に近い内容になっている。

そういう意味では、鑑賞前から「音楽に合わせて上映される映像をもとに作られた映画とうっすら聞いていたけどどういうことだろう」と漠然と抱いていた疑問については、その経緯がとことん語り尽くされており、十分に氷解した。ほかにも、企画が立ち上がった経緯、物語や脚本の成り立ち、キャスティングの理由、撮影中のエピソード、編集作業の流れなどが、鼎談・対談記事での対話により克明に浮かび上がっている。

他方、監督の前作『ドライブ・マイ・カー』以上に謎めいた要素がちりばめられている印象を受けた本作であるが、その謎について解き明かしたり解説されたりするような記述はほぼないといっていい。公式のコピーとなっている「これは、君の話になる──」に準ずるように、解釈が観客ひとりひとりに委ねられている作り手のスタンスを改めて感じた。

パンフレットの話から逸れてしまうのだが、さらに面白いことがあった。Fan's VoiceのWEBサイトに掲載された立田敦子氏による監督へのインタビュー記事に、私が鑑賞中に意味深長だと感じ「メタファーではないか」と思考した幾つかの描写が、監督の言によって「メタファーの意図はない」と明かされていたことだ。

例えば、グランピング施設の説明会シーンで、町長が語った「上流で捨てられた汚水は下流で暮らす人に影響が及ぶ」(意訳)話で、私は現代社会の格差とヒエラルキーの問題を象徴していると理解した。かつ、本作が含む重要なテーマのうちのひとつであろうとも考えた。しかし、この記事で監督はそれがメタファーであることを否定している。他にも、SNS上で目に留まった考察で、“鹿”の存在について深く読み解く論があったが、これもまた同様にメタファーの意図はないようだ。

パンフレット内の記事でも、個人的にすっきりする言及がひとつあった。ネット上で、「陸わさびを採取する人物の顔を陸わさび側から捉えたショット」について「人間が自然に見返されるショット」と読み取る考察があったのだが、私はそれに違和感を持ったのだった。そのショットで人物がカメラに目線を向けていないのならば、自然に見られていると読み取ることもできるが、カメラ目線であればあくまでも「カメラが何かをしている人の顔を撮ったショット」でしかないのではと考えたからだ。パンフ掲載の鼎談記事ではそれについて触れられた箇所があるので是非とも読んでいただきたい。

最後に、「編集」について触れておきたい。本作のパンフレットでは、映画を製作する上での様々な技術について触れられているが、特に印象に残ったのが「編集」の話だ。『悪は存在しない』を編集した濱口竜介監督と、『GIFT』を編集した山崎梓氏が、「編集」について深掘りした大ボリュームの対談記事が、その印象を強めているのだと思う。また、文筆家の五所純子氏が『GIFT』について綴った寄稿記事でも、最後に「編集」の重要性を論じている。先日読んだばかりのクリストファー・ノーラン監督『フォロウィング』のパンフレットでも、ノーランの映画制作術講義記事のなかで最も重きをおいて語られていたのが「編集」だったように思う。たんに娯楽として映画に触れている私にとっては、編集にまで気を向けて分析したり理解することは難儀であるが、今後映画を観る上で、ひとつ違った視点を持つ楽しみが増えたような気がした。また、映画作家を志す方にとっては大変貴重な対談記事になるのではないか。そんな方にもおすすめしたい。

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