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貧すれば鋭する

ここ数年、着実に固定客も増え、カバーホイールの問い合わせも増えている。それでもやっぱり、家計はいつもギリギリ。そう、僕に限って言えば、ものづくりで儲けはほとんど出ていない。ものづくりをする人の体は二つの要素で出来ている。一つは、ただひたすらクオリティを追い求める職人気質、そして常にソロバンをはじき続ける経営者気質。複数人で工房を運営していれば分業制を敷けるかもしれないけれど、一人で工房を切り盛りする職人さんの場合、先の二つの要素のバランスをうまく取らなければ、挫折してしまうこともあるだろう。僕の場合、職人気質が強すぎて、例えば代金をいただいても、そのお金を使って、さらに良い製品を作るための試作やテスト費用に充てようとしてしまう。経営者気質が強い場合、宣伝広告費や、現在の品質を維持もしくはお客さんが気づかない程度の簡素化などによるコストカット、工程短縮などの効率化に取り組むだろう。端から見れば、絶対的に経営者気質が強いほうが良いに決まっている。ただ僕は、経済的に苦しくても、ある程度製品のクオリティが確立するまでは、職人気質にウェイトを置くべきだと思う。


例えばものづくりを生業にしていると、必ずぶち当たる製品課題。経営者気質が強い職人にとって、課題の発生はバッドニュース以外の何物でもない。ところが、職人気質が強い僕の場合、製品課題をチャンスと感じる。課題は製品の弱点であり、この課題を解決すれば、一気に製品をグレードアップすることができるわけだ。ポジティブな気持ちで課題を観察することで、ストレスをためることなく楽しみながら、その壁を乗り越えることができている。作品を作り始めた初期は、課題が頻発する時期でもある。この時期に、しっかりと作品に向き合うことで、作品の欠点を把握することができる。

僕のカバーホイールは、前例のない製品なだけに、初期のものでは様々なエラーが発生した。原因不明の歪み、軋み音、さらには、夏や冬限定で起こるミステリーエラーまで。エラーが発生する度に、推理し、条件を変えては現象の発生する箇所を探し続けた。カバーホイールは定期的にバージョンアップを繰り返していて、現在はバージョン10となる。9回も改良していることになる。近年はさすがに少なくなったが、それでもエラーが発生することはある。ただ、10年間しっかりとカバーホイールと向き合ってきたので、瞬時にその原因を突き止めることができるようになった。そして、次のバージョンアップに向けて取り組まないといけない課題も、すでにしっかりと把握できている。

工房を軌道に乗せる為にも、経営者気質は大切だ。ただ、最初から順風満帆であるよりも、資金繰りに苦労しながらでも作品に必死で向かい合う時期を経験したほうが、あなた自身そして、あなたの作品にとっても大切だと、僕は思う。ものづくりの世界に限っていえば、『貧すれば鈍する』ではなく、『貧すれば鋭する』なのだ。

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