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2021北海道大学/国語/第二問/解答解説

【21北大国語/第二問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は池内恵「すばらしい『まだら状』の新世界」。
①段落。冷戦が終結した時、30年後の世界がこのようなものになっていると、誰が予想しただろう。フランシス・フクヤマは『歴史の終わり』で、自由主義と民主主義が世界の隅々まで行き渡っていく、均質化した世界像を描いた。それに対して、サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』で、宗教や民族を中心にした歴史的な文明圏による結束の根強さと、それによる世界の分裂と対立を構想した。
②段落。「いずれの説が正しかったのだろうか」(傍線部A)?確かに、世界の均質化は進み、世界の隅々まで到達したインターネットとスマートフォンの上で、自由や民主主義の理念も、気軽に手にして呼びかけることができる商品のように普及した。しかしそれらが現実の制度として定着し、実現しているかというと、心もとない。
③段落。確かに…世界は宗教や民族による分断と対立によって彩られているように感じられる。しかし実際の世界は、文明によって分たれていない。文明間を分け隔てる「鉄のカーテン」は、地球上のどこにもない。
④段落。むしろ「文明の内なる衝突」(傍線部B)の方が顕在化し、長期化している。(イスラーム諸国の中の内戦〜⑤段落)。
⑥段落。これに向き合って、自由主義と民主主義の牙城になるはずの米国や西欧もまた、求心力を失い、内部に深い亀裂と分裂を抱えている。…
⑦段落。歴史は自由主義と民主主義の勝利で終わったわけでもなく、まとまりをもった巨大文明圏が複数立ち上がって世界を分こつこともなさそうである。
⑧段落。現在の世界秩序を何と呼べばいいのだろうか?私は試しにそれを「まだら状の秩序」(波線部)と呼んでみている。「まだら状」とは何か?それはたいして「秩序」と言いうるものなのか?
⑨段落。現在の世界地図は、政治体制によっても、宗教や民族によっても、明確に分たれていない。自由主義とイスラーム主義といったイデオロギーによる断裂の線は、地理的な境界を持たず、中東でもアフリカでも、欧米の国々でも、社会の内側に走っている。
⑩段落。個々人の内側も、一方で、慣れ親しんだ自由を享受せずにはいられないにもかかわらず、他方で、強い指導者に難問を委ね、即断即決の強権発動で解決してもらおうという心性に、知らずのうちに侵食されている。ここに、「まだら」な状態が生じてくる。
⑪段落。「イスラーム国」は、世界が様々な脅威によって不意に「まだら」に侵食されて変容する秩序変化のあり方を、先駆的に示したものだったと言えるのではないか。2014年から2018年にかけて急速に支配領域を拡大し、そして急速に消え去った「『イスラーム国』という現象は、旧来の世界史記述にあるような帝国や国家の盛衰とは、メカニズムを異にする」(傍線部C)。組織的な中央政府が秩序立った軍を整備して領域を拡大し、周辺諸国を「併呑」して国境線を外に広げていくのではなく、各地にポツポツと現れた「イスラーム国」への共鳴者たちが、それぞれの街区や町や地域を支配して、「まだら状」に支配領域を広げていく。従来の国家が国境と領土の連続性と一体性を原則とし、面的に広がっていくことを競ったのに対して、「イスラーム国」は地理的な連続性と一体性に囚われない。…分散した主体が、各地で同じ方向の同じ動きを繰り返すうちに、外的環境が整うことによって結びつき、奔流のような勢いを持ち始める。
⑫段落。これを既存の国家や国際システムが押さえ込むには、多大な労力と犠牲を必要とする。「イスラーム国」のメカニズムは、イスラーム教の共通の規範体系という前近代に確立された「インフラ」を、グローバル化による移動の自由の拡大、情報通信の手段の普及という現在のインフラと結合させ、双方の恩恵を存分に受け、活用したものだった。…
⑬段落。各個人がイスラーム主義の理念に惹かれて呼応する、内なる動員に依拠した運動を抑圧するには、多大な自由の抑圧を伴いかねない。イスラーム過激派を抑圧するための行動が、自由主義と民主主義の抑圧をもたらしてしまうというジレンマである。…「イスラーム国」の組織の消滅は、「イスラーム国」の理念を撲滅したわけでもなく、さらに、「イスラーム国」が「まだら状」に発生し拡大することを可能にしたグローバル化と情報通信技術の普及を止めたわけでもない。「同様の事象は、条件が変わらなければ、今後常に起こりうる」(傍線部D)。それは中東やイスラーム世界から起こるとは限らない。グローバルな条件が可能にする、グローバルな危険の震源は、「まだら」な世界地図のひとつひとつの斑点のように、世界各地に、究極的にはわれわれ一人ひとりの内側に、点在している。


〈設問解説〉
問一「いずれの説が正しかったのだろうか」(傍線部A)という問いに対して筆者はどのように答えているか。本文中から70字以内で抜き出して答えよ。

〈解〉
歴史は自由主義と民主主義の勝利で終わったわけでもなく、まとまりをもった巨大文明圏が複数立ち上がって世界を分かつこともなさそうである。(66)


問二「文明の内なる衝突」(傍線部B)の具体例を25字以内で挙げよ。

内容説明問題。④⑤段落の具体例(イスラーム諸国の中の内戦)から対立構図が分かるように簡潔にまとめる。⑥段落の具体例(欧米諸国の中の分断)からまとめるのも可能だろう。こちらの例では◯◯と⬜︎⬜︎の対立というようにまとめにくいので、「英国のEU離脱」「米国のトランプ政権にまつわる分断」に共通する背景を足しておいた。

〈GV解答例1〉
イスラーム諸国の軍事政権とイスラーム過激派の内戦。(25)
〈GV解答例2〉
自由主義陣営の中国やロシアの台頭に伴う分断の様相。(25)

〈参考 S台解答例〉
イスラーム諸国間における宗派間の分断と対立。(22)

〈参考 K塾解答例〉
イスラーム諸国間や欧米世界における不和と分断。(23)

〈参考 Yゼミ解答例〉
イスラム文化内で過激派と穏健派が対立していること。(25)


問三「『イスラーム国』という現象は、旧来の世界史記述にあるような帝国や国家の盛衰とは、メカニズムを異にする」(傍線部C)とあるが、いかなる点において異なるのか。40字以内で説明せよ。

内容説明問題。「イスラーム国」という現象(X)と、旧来の帝国や国家の盛衰(Y)との相違点を端的に述べる。字数が許すなら「YがPであるのに対して/XはQである点」とするところだが、40字の字数の中では「(Xは)Pではなく/Qである点」とする。
そこで傍線後の3文が「P1ではなくQ1/P2に対してP3ない/Q2」という形になっていることに着目し、PについてはP3の記述を使い「(Xは)地理的な連続性と一体性に囚われず/Q」と決める。Qについては、Q1Q2の記述から具体的または比喩的な要素を捨象して「まだら状に(Q1)/分散した主体が(Q2)/結合し勢力を強める点(Q2)」とまとめた。「まだら状」は本文のキーワードであるが、そのまま「まだらな状態」のことであるし、問五で具体的な説明を加えるので、ここではあえてそのまま使っておいた。

〈GV解答例〉
地理的な連続性と一体性に囚われず、まだら状に分散した主体が結合し勢力を強める点。(40)

〈参考 S台解答例〉
地理的な連続性と一体性に囚われず、分散した主体が各地で同調し支配領域を広げる点。(40)

〈参考 K塾解答例〉
中央組織がなく地理的な連続性と一体性に囚われず、分散した運動の主体が結合する点。(40)

〈参考 Yゼミ解答例〉
共通の理念への同調者が各地に点在し、同一の方向性をもって運動し勢力拡大を図る点。(40)


問四「同様の事象は、条件が変わらなければ、今後常に起こりうる」(傍線部D)とあるが、この条件とは何か。30字以内で述べよ。

内容説明問題。何と「同様の事象」かというと「イスラーム国」と同様の事象のことである。そこで「イスラーム国」の事象の説明に従いながら、「中東やイスラーム世界」以外からも起こりうる(傍線次文)、「条件」を簡潔に指摘する。
「条件」の範囲を形式的に狭く取るか、内容の吟味を重ねて広く取るかで解答の方向性は分かれるだろう。前者の立場からは、傍線前文「『イスラーム国』が『まだら状』に発生し拡大することを可能にした〜」(P)という表現に着目し、それに続く「グローバル化と情報通信技術の普及」(X)を解答の核として抽出する。ただXのみを「イスラーム国」やそれと同様な事象が世界で起こる「条件」としては十分性を欠くのではなかろうか。つまり、「さらにP」の前の要素、Xの前提となっている「『イスラーム国』の理念」(Y)があって初めて、Xという条件が「『イスラーム国』が『まだら状』に発生」することを可能にしたのではなかろうか。
結局、ゆらぎある言葉の意味は文脈によって固定されるので、一概に形式だけで処理する姿勢が適切とは言えない。形式を手がかりにしながら、内容的にも矛盾しないことを確認して、初めて画竜点睛となるのである。ここではYを前提にXが条件として加わることで「イスラーム国」という事象が「まだら状」に発生した、ということになる。Yの記述を「同様の事象」にも当てはまる条件として一般化し、かつXをYに記述として釣り合うよう修正して「広域を覆う共通の規範体系(Y)と情報通信の普及に伴うグローバル化(X)」とまとめた。

〈GV解答例〉
広域を覆う共通の規範体系と情報通信の普及を伴うグローバル化。(30)

〈参考 S台解答例〉
グローバル化による移動の自由の拡大と情報通信技術の普及。(28)

〈参考 K塾解答例〉
共通の規範体系と、グローバル化や情報通信手段の普及との結合。(30)

〈参考 Yゼミ解答例〉
情報通信技術が普及したグローバル社会で理念を広められること。(30)


問五「まだら状の秩序」(波線部)とはどのようなものか。本文全体を踏まえて80字以内で説明せよ。

内容説明問題(主旨)。傍線部の後に「『まだら状』とは何か?それはたいして『秩序』と言いうるものなのか?」(⑧)とあるので、その後の⑨⑩段落、さらに「イスラーム国」という事例に即した⑪段落以降(〜⑬)の説明を参考にするとよい。
うち⑨段落では「イデオロギーによる断裂が/社会の内側に走っている」状況(X)、⑩段落では「個々人の内側も」断裂が走ること、すはわち「自由を享受せずにはいられないにもかかわらず/強い指導者に難問を委ね(a)/即断即決の強権発動で解決してもらおうという心性に(b)/知らずのうちに侵食されている」状況(Y)が指摘される。この中のabについては、⑥段落の例示の中にあった「権威主義」「ポピュリズム」に相当すると考えてよいだろう。そして、こうした状況(XY)が「まだら状」の分断に帰結するわけだが、それがある種の「秩序」を保つというのである。
これについては、⑪段落末文「分散した主体が…外的環境が整うことによって結びつき、奔流のような勢いを持ち始める」(Z)を参考にするとよい。加えて、ここで「外的環境」としているのは前問でも考察したとおり「グローバルな情報通信」(⑫⑬)のことである。以上より、Zの構文を解答構文に援用して「国家群や国家内においてイデオロギーによる分断が進み(X)/権威主義やポピュリズムが横行する中(Y)/寄る辺ない個がグローバルな通信状況を手がかりに国家を超えて結合しうる状態」とまとめた。

〈GV解答例〉
国家群や国家内においてイデオロギーによる分断が進み、権威主義やポピュリズムが横行する中、寄る辺ない個がグローバルな情報通信を手がかりに国家を超え結合しうる状態。(80)

〈参考 S台解答例〉
中央組織を持たずに特定の理念に同調する小集団が世界各地に散在し、自由主義や民主主義、文明内部に亀裂を招いて個人の内部にも同様の状況をもたらす現在の世界構造。(78)

〈参考 K塾解答例〉
自由も強権も望む個人の複雑な心性と同様に、グローバル化と情報通信技術の普及を通じて種々のイデオロギーが、明確な境界を失った世界に様々な分断をもたらすメカニズム。(80)

〈参考 Yゼミ解答例〉
地理的に一体の社会を複数のイデオロギーが分断し、情報通信技術とグローバル化がその理念に基づき各地に分散した人々を結びつけることで、既存の秩序を脅かす状態。(77)



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