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2019神戸大学/国語/第一問/解答解説

【2019神戸大学/国語/第一問/解答解説】 

〈本文理解〉
出典は檜垣立哉『食べることの哲学』。
①~③段落。人食について、おそらくわれわれはきわめて得体の知れない、まさしく心の奥底の澱のような忌避感をもっている。われわれは動物であり、一定の間隔をもって食物を摂取しなければならない。食べなければ自分が死ぬ。だがそこで、人食をなすかなさないかは、きわめて繊細な問題をひきおこす。だがわれわれは、さまざまな動物が共喰いをすること、場合によっては、それは生態系的にも生存戦略的にも合理的な行為であるとのべることさえ可能である。
④⑤段落。授業などでこの類いのはなしをすると、アンパンマンをどう考えるのかという質問がくる。わたし自身は、アンパンマンの作者であるやなせたかしについても、この絵本についても、さして深く知っているわけではない。ただアンパンマンが、おなかがすいた者に自分の顔を「食べさせる」ということは知っている。それがやなせたかしの戦争従軍経験に依拠するものであるという事実も知識としてはもっている。飢えのなかで何かできることは、飢えている同僚に食べ物を与える以外にはない。その極北が、自分を食べてもらうということでしかないこともよくわかる。
⑥⑦段落。ただし、アンパンマンが「自分を食べてよ」といって、自分の顔をむしりとって食べさせる姿は、異様な雰囲気をかもしだすものではないだろうか。この絵本の不思議さは、生命にとって、とりわけ四肢動物全体にとって、その人格性=パーソナリティを決定する器官である「顔」がそもそも食べ物であり、さらにそれを惜しげもなくちぎって相手に与えることにある。これは自分の肉をたべさせる、他人の肉を食べるというカニバリズムよりも、「さらに業の深さを感じさせる」(傍線部(ア))所作ではないだろうか。顔を食べろというのは、相当な抵抗をひきおこす。ところがアンパンマンは、顔こそを食べさせるのである。食べてはいけないものの最たる部分が食べ物であるという矛盾が、この絵本のもっとも重要で衝撃的な点ではないのだろうか。 

⑧~⑩段落。ところがアンパンマンには、もうひとつの奇妙な細工がなされている。これもまた衝撃的であるのだが、アンパンマンの顔とは、いささか驚くべきことに、いくらでもとり替え可能なのである。これが相当に不思議な事態であることはいうまでもない。顔というのは、繰り返しになるが、人間のみならず四肢動物にとって唯一性を示す人格を顕示するものなのだから。食べられる以上に、唯一的なものがとり替え可能であるということは、その設定をさらに奇妙にさせている。アンパンマンの顔を食べるときに実はさしたる罪悪感をもたないのは、それがごく常識的な「アンパン」の形象をなしており、さらに一回食べても再生産されるものであるからだ。それゆえ、アンパンマンの顔がちぎれても、そのこと自身には安心感すらある。「アンパンマンは個別的な存在でありながら、そうであるとはいい切れない」(傍線部(イ))。これについて、どう考えるべきなのか。
⑪段落 (略)。 

⑫~⑭段落。別の視点でとらえれば、人間の個別性は、実は顔という器官をのぞけば、さしたる違いはない。さらに、もっと荒唐無稽なことをのべることもできる。顔とは人格性の中心であるので、さすがにアンパンマンの世界でしか再生産できないが、肉ということであればどうであろうか。現代のさまざまな場面で身体へのテクノロジーが増していくなか、近い将来人間は人間の肉を不要なものとして切り捨て、あるいは必要であれば再生できるかもしれない。アンパンマンの教えは実はこちらにあるとも考えられる。
⑮⑯段落。真面目にいえばこのはなしはいくらでも現代テクノロジーのもとで拡張可能なのである。医学においては臓器移植という問題がある。これはもとよりカニバリズムとはもちろん次元が違う。だが、自分が生きながらえるために他人を身体にとりこむという意味ではまさしく類似的行為である。臓器移植するというこの技術は、これ自身、別の方向から考えられるべきアンパンマン的なカニバリズムにもおもえる。初期の臓器移植は、ドナーが亡くなったあとその意思にしたがって、血液型の一致や免疫不全をおこしにくい患者へと、臓器をばらして届けていった。臓器は亡くなったばかりの「新鮮な」ものであることが不可欠であったので、「脳死」という死の概念についての定義づけ変更さえおこなわれている。…しかしそのうち、ある種の臓器については、生体肝移植に代表される生体移植がなされるようになっている。これは「ますますアンパンマン的状況が広まっている」(傍線部(ウ))ことではないか。それは誰かの臓器を食している。口から食べるのでなない。しかし生きるために身体にとりいれている。 

⑰段落。この方向における「アンパンマンの未来」は、すでにバイオテクノロジーの進展において明示されているだろう。…もともと受精卵であったES細胞をもちいた臓器のテクノロジー的形成が、やはりカニバリズム的側面があったことを考えると、iPS細胞が理念的には自己生成する細胞であることには意味がある。これは自食のカニバリズムであるとさえいえる。自己犠牲と自己を救うことの回路が完結したこの場面では、カニバリズムは一個体のなかで完結してしまうことになる。
⑱段落。アンパンマンからは遠く離れてしまったかもしれない。だが飢えの問題から出発して、臓器移植に辿りつき、さらにiPS細胞による自己の身体の複製化には、そこで使用される臓器がいくらでも複製可能であることにおいて、アンパンマンのいれ替わる顔という知見は、いっそうひき延ばされているのだろう。それはわれわれの個別性、私のパーソナリティ、私の個別のいのちという事情を、しだいに消し去りつつあるのかもしれない。「無限複製されるアンパンマンの顔の自己犠牲は、おそらくやなせがおもいつきもしなかった卓見を含んでいるのだろう」(傍線部(エ))。 

〈設問解説〉
問一 (漢字)
(a)間隔 (b)普及 (c)雰囲気 (d)起因 (e)臨床 

問二 「さらに業の深さを感じさせる」(傍線部(ア))とあるが、どういうことか。(80字以内) 

内容説明問題。傍線を前に延ばすと、「これ(A)は/…カニバリズム(B)よりも/さらに業の深さを感じさせる(傍線)」となる。Aの指す内容は、その前文「四肢動物にとって、その人格性…を決定する器官である「顔」が…食べ物であり…それを…ちぎって相手に与えること」(A+)となる。これより、AとBはたんなる比較の対象というよりは、包含関係(A⊂B)にあることに注意したい。ならば解答の構文は、「~Bの中でも/A+は/さらに業の深さを感じさせるということ(傍線)」となる。Bがすでに「業の深さを感じさせる」ことを示すために、①段冒頭「人食について…われわれはきわめて得体の知れない…心の奥底の澱のような忌避感をもっている」を参照して、「人間として生理的に忌避感をもつ」とし、これをB(カニバリズム=人食)の修飾部に配置して解答した。 

<GV解答例>
人間として生理的に忌避感をもつ人食という行為の中でも、四肢動物全般にとっての人格性を決定する顔の一部を相手に食わせる行為は、一段と罪深さを感じさせるということ。(80) 

<参考 S台解答例>
人格性を決定する器官である顔を相手に食べ物として与えることは、単に人間の肉を食べる人食に比べ、相当な抵抗感をひきおこし、いっそうの忌避感を抱かせるということ。(79) 

<参考 K塾解答例>
自分や他人の肉を食べたり食べさせたりすることよりも、当人の人格性に直結する顔を食べさせる行為は生命体にとってありえないことであり、異様な衝撃を与えるということ。(80) 

問三 「アンパンマンは個別的な存在でありながら、そうであるとはいい切れない」(傍線部(イ))とあるが、どういうことか。(80字以内) 

内容説明問題。傍線「…個別的な存在でありながら(A)/そうであるとはいい切れない(B)」は⑩段3文目にあるが、これは前⑨段末文の「唯一的なものが(A)/とり替え可能である(B)」という部分と対応する。ここから、Aの根拠は⑨段2文目「顔というのは…人間…にとって、唯一性を示す人格を顕示するもの」(A+)、Bの根拠は⑩段冒頭文「それ(=アンパンマンの顔)がごく常識的な「アンパン」の…形象をなしており(B1)/…上述のように一回食べても再生産される(→他の「アンパン」と代替できる/⑧段)(B2)」となる。
以上A+とB1B2より「顔」に焦点をおいてまとめると、「人格を顕示する顔はアンパンマンの唯一性を根拠づけるが(A+)/その顔が一般的な「アンパン」である上(B1)/他の「アンパン」により代替できる点で(B2)/(アンパンマンは)個的存在とは言えない」となる。 

<GV解答例>
人格を顕示する顔はアンパンマンの唯一性を根拠づけるが、その顔が一般的な「アンパン」である上、他の「アンパン」により代替できる点で個的存在とは言えないということ。(80) 

<参考 S台解答例>
アンパンマンは人間のかたちをした一個のキャラクターでありながら、人格を顕示する顔が複製もとり替えも可能である点で、人格の唯一性が揺らぐ存在であるということ。(78) 

<参考 K塾解答例>
アンパンマンは、自身の人格の同一性を示す顔を持ちつつも、その顔がいくらでも複製でき取り替え可能であるという意味で、個としての人格を持たないとも言えるということ。(80) 

問四 「ますますアンパンマン的状況が広まっている」(傍線部(ウ))とあるが、どういうことか。臓器移植の事例に即して説明しなさい。(80字以内) 

内容説明問題(類比)。傍線を一文に延ばすと、「これは(A)/ますます/アンパンマン的状況が(B)/広まっている/ことではないか」(⑯)となり、「これ」が「臓器の生体移植」(A)を指していることを確認した上で、AとBの類比の問題として捉え、解答構文を「Aは/ますます/Cの点で/Bを現実化しているということ」と定める。「ますます」というのは、「生体移植」の前は、ドナーの「死」を経ての移植であり、さらに「脳死」という「死の概念についての定義づけ変更さえ」伴うものであった(⑮段中)、それが「生体移植」になって、「ますます」Bが現実化している、ということである。前半を「現在のAは/名目上の死さえ必要とせず臓器の移植を行う点で(C)~」と置いておく。
あとは、Cと対応するようにBを具体化する。注目すべきなのは、傍線を含む一文(⑯段)が、前⑮段の冒頭部と対応することである。特に冒頭文「真面目にいえば/このはなしは(B)/いくらでも現代のテクノロジーのもとで(A)/拡張可能なのである」、4文目「臓器を移植するというこの技術は(A)/…アンパンマン的なカニバリズム(B)/にもおもえる」が参考になる。ここに気づけば、「このはなし=アンパンマン的なカニバリズム(B)」については、さらに⑫~⑭段落のパート(「別の視点でとらえれば」以下)に遡及し説明を求める必要があると見えてくるはずだ。⑫~⑭パートの論は以下の通り。「人格を顕現する顔を分け与えるのには抵抗がある→ただもともと個別性の薄い(←⑩/問三の論点)アンパンマンの「顔」を等しく肉と見なせばどうか→現代のテクノロジーではあり得ることだ→⑮⑯段落」。以上の理解からBを「自らの身体を等しく肉と見なし他人に分けて生かす寓話」とし、先の解答構文に埋め込んで仕上げとする。 

<GV解答例>
現在の生体移植は、名目上の死さえ必要とせず臓器の移植を行うという点で、自らの身体を等しく肉と見なし他人に分けて生かす寓話を、より忠実に現実化しているということ。(80) 

<参考 S台解答例>
臓器移植において、臓器の摘出が死体から生体にまで拡張されたことは、自分が生きるために他人の身体を自身の身体に取り込むという行為のいっそうの普及を示すということ。(80) 

<参考 K塾解答例>
臓器移植はドナーの死を待ってなされていたのが、医療技術の進歩により、ドナーの生を保持したまま他者へと臓器を移植するという行為も可能な状況が生じているということ。(80) 

問五 「無限複製されるアンパンマンの顔の自己犠牲は、おそらくやなせがおもいつきもしなかった卓見を含んでいるのだろう」(傍線部(エ))とあるが、どういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、説明しなさい。(160字以内) 

内容説明問題(主旨)。傍線を分析したとき、「無限複製される」(A)と「アンパンマンの顔の自己犠牲」(B)をはっきりと分けて捉えることが肝要である。Bが本文の⑤~⑦段落の論点、Aが⑧~⑩段落の論点(「もうひとつの奇妙な細工」⑧)とそれぞれ対応する。Bについては、やなせ自身の戦争従軍時の「飢え」の体験に依拠し、それが飢えたものに自分の顔を与えるというアンパンマンのキャラ造形につながった(B+)、という論点を押さえる。Bについてはやなせの強い意識下にあったといえるが、一方、Aについては筆者が改めて留意する「奇妙な細工」であることに着目し、「B+、その顔を複製可能にしたことで」(A+)と強調してつなげ、そのA+が「図らずも卓見=未来の医療における状況を示唆する射程をもった」(スゲェ~)と締めればよい。
あとは、「卓見=未来の医療における状況」の具体化だが、Bが「臓器移植」(C)(⑱2文目)に、Aが「iPS細胞による自己の身体の複製化」(D)(⑱2文目)に対応することに着目する。B=Cについては、問四の論点を踏まえ「医療における人食の現実化である臓器移植」(C+)とする。解答の中心であるA=Dについては、傍線直前の記述(⑱2文目3文目)を踏まえ、「~iPS細胞により自己が無限に複製され個別性を消し去る」(D+)と展開する。以上より、「B+→A+→図らずも→C+を経て→D+という未来的状況を示唆する射程をもった」とまとめる。 

<GV解答例>
やなせは自身の戦時体験に依拠して飢えた者に自分の顔を食べさせるアンパンマンの性格を造形したが、その顔を複製可能なものにしたことで図らずも、医療における人食の現実化である臓器移植を経て、自己の細胞から自己の身体を複製するiPS細胞により自己が無限に複製され個別性を消し去るという未来的状況を示唆する射程をもったということ。(160) 

<参考 S台解答例>
アンパンマンが無限複製可能な顔を飢えた他人に食べさせる自己犠牲は、作者の思いを超え、現代テクノロジーの進展下で、生きるために他人の身体を自身の身体に取りこむ臓器移植、さらに、複製に限界のない、iPS細胞による自己の身体の複製化へと拡張され、人間の個別性、人格性に関わる事態の自明性を揺るがす知見となっているということ。(159) 

<参考 K塾解答例>
飢えた者を助けるために自らの人格を顕示する顔を食べさせつつも、その顔が複製可能でもあるというアンパンマンの設定は、作者の意図を離れて、医学の進歩が可能にした臓器移植や自己の身体の複製化といった医療技術への連想をもたらし、それらが個々の人格性をも解体しつつあるという現状にすぐれた示唆を与えるものにもなっているということ。(160)

〈設問着眼点まとめ〉
二.包含関係「~Bの中でもAはさらに~」。
三.「個別/そうでない」→「唯一/交換可能」。
四.「生体移植/アンパンマン的状況」の類比。
五.「自己犠牲/複製可能」→「臓器移植/iPS」。

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