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幽霊船カズII号の呪縛


プロローグ:彷徨う船

広大な太平洋の上で、一艘のヨットがゆっくりと漂っていた。船名は『カズII号』、二つの巨大なハルの上に載ったカタマラン型の船体は、穏やかな波に揺られている。だが、その甲板に人影はなく、主のいない船は静かに海原を流れていくばかりだった。

西暦2007年4月18日のことである。豪州、グレートバリアリーフ沖およそ80海里。ここは美しい珊瑚礁が広がる観光地としても有名な海域だ。そんな楽園の海に、突如として現れた幽霊船。その存在は、地元の漁民やマリンスポーツ愛好家たちを驚かせ、やがてメディアを通して全世界へと知れ渡ることとなる。

カズII号は、いったい何を告げようとしているのか?船上で起きた悲劇の真相を解き明かすべく、我々はそのミステリーの旅路へと誘われていくのだ。

第一章:消失

カズII号の最後の姿が確認されたのは、4月15日であった。その日は、船長のデレク・バッテン(56歳)、ピーター・タンステッド(69歳)、ジェームズ・タンステッド(63歳)の3名が、2ヶ月間の航海に出発した日でもあった。彼らが目指すは西オーストラリア、長い船旅のための充分な食糧と飲料水、そして万が一の事態に備えての.44口径ライフル銃と弾薬も積み込んでいた。

すべては、平凡な退職者たちによる冒険旅行の始まりと思われていた。しかし、誰が予想できただろう。ほんの数日後には、彼らが忽然と姿を消し、カズII号が無人のまま発見されるなどとは...

第二章:謎めいた船内

カズII号を発見したのは、サンゴ礁での釣りを楽しんでいた地元船長であった。彼は、奇妙な光景を見て目を疑ったことだろう。波間に佇むヨットの帆は破れ、ボート自体もウィットサンデー諸島付近をただ漂流している状態にあったのだ。近づいてよく見ると、船内に人の気配はない。これは一体どういうことなのか?

さらに不可解なのは、船内の様子であった。エンジンルームではエンジンがまだ回り続けている。メインデッキのテーブルには、食事がそのまま置かれている。パソコンは開かれたまま、コーヒーは半ば飲まれた状態で放置されていた。新聞や衣服が床に散らばっている一方で、貴重品や私物は手付かずのまま残されていたのである。

このような状況証拠からは、いくつかの推察が可能となる。まず、乗組員たちは突然何らかの事態に遭遇したという点だ。慌てて船を出たため、食事中や仕事の最中のままであったと思われる。また、海賊などの襲撃を受けたにしては、盗難にあった形跡がない。暴力的行為や争いの痕跡もなく、そもそもこの海域で海賊が出没するというのも考えにくい。

では、彼らはなぜ船を放棄したのか?あるいは、何か不思議な力が彼らを連れ去ったのだろうか?さまざまな憶測が飛び交ったが、答えを出すにはまだ情報が足りなかった。

第三章:深淵からの囁き

警察当局による捜査が始まった。関係者の証言収集、船体の鑑識、周辺の捜索が行われたが、決定的な手がかりは得られなかった。海上保安機関による集中捜索も行われたが、3人の乗組員を発見することはできなかったのである。

こうして、カズII号事件は世間一般に知られることとなった。メディアはこの謎めいた事件に大いに興味を示し、様々な角度から報じていくことになる。『The Guardian』『The Sydney Morning Herald』『BBC』などの大手メディアも、この幽霊船事件について次のように報じている。

「カズII号の謎は、現代版のメアリー・セレスト号事件とも言うべきものだ」(BBC)

「船内で超自然的な出来事が起き、乗組員たちが消えたのではないかという噂もある」(The Guardian)

こうした報道により、カズII号事件は世界中の好事家やオカルトファンをも巻き込んでいくことになった。インターネット上でも議論が活発化し、幽霊や宇宙人、未知の海洋生物などの仮説が飛び交ったのである。

一方、公式な調査を進めていたコロナー(検死官)のマイケル・バーンズ氏は、冷静に事実を分析していった。そして、長期にわたる検討の結果、一つの結論に辿り着くことになる。

第四章:コロナーの見解

コロナー・バーンズの報告書によれば、3人の乗組員は不慮の事故により溺死したと推定された。航海開始直後、恐らく1人が釣り糸をプロペラに絡ませてしまい、それを外そうとして海に転落してしまったと考えられる。それを助けようとしたもう一人も、荒れた海況のために一緒に海に飲み込まれたのであろう。残る船長は必死の救助活動を試みたものの、二人を救うことはできず、自身も溺れてしまったと推測される。

バーンズ氏は、彼らの年齢や身体能力、当時の気象条件なども踏まえ、このような結論に至ったのである。確かに、経験豊富な船乗りであれば、落ち着いて対応できた場面かもしれない。しかし、パニックや混乱が起こっても不思議ではない状況であり、不幸な連鎖によって最悪の結果を招いてしまったのだと説明している。

第五章:深海の闇へ

コロナーの結論は、あくまでも推測の域を出ないものであった。実際のところ、目撃者もおらず、決定的な物的証拠もない。しかし、現時点で最も合理的な説明であると受け止められたのである。この結論により、事件をめぐる様々な陰謀論や超自然現象説は否定され、一般的にはひとまず決着がついたとされた。

だが、それでもなお、人々の間で語り継がれるカズII号の伝説。それは、深海の底知れぬ闇への畏怖と、そこで繰り広げられるかもしれない幻想へのロマンが入り混じったものである。幽霊船は、いつまでも我々の想像力を掻き立て続けるのだ。

そして、カズII号にまつわる最大の謎が残されている。それは、なぜ3人の乗組員の遺体が一切発見されなかったのかという疑問である。遺体が海中で分解されたり、海洋生物に食べられたりする可能性はあるが、何らかの手掛かりが見つかっていてもおかしくないのだ。

ひょっとすると、彼らの遺体は深海のどこかで静かに眠っているのかもしれない。あるいは、遥か遠い海岸に打ち上げられていたのかもしれない。または......我々の想像を超えるような、何か不思議な力が作用した結果なのだろうか?

エピローグ:彷徨は続く

カズII号はその後、新たな持ち主の元で再び大海原を駆けることとなった。まるで過去の記憶などないかのように、新しい人生──いや、船生を歩んでいる。

一方、かつてのカズII号の乗組員たちは、今いずこに......幽霊船の伝説は、いつまでも海を渡り、人々の心を惑わせ続けるのである。かくして、カズII号の彷徨はまだ終わらず、新たなミステリーを紡ぎつつ、深い海の闇の中へと溶け込んでいくのだった……。

[THE END]



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