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危険な誘惑:お菓子と誘拐犯

私はとある地方の都市で生まれ育った。町の中央を悠然と流れる川は、都市を川北と川南の二つの区域に分けていた。四つの橋が川に架かり、両岸の人々を結びつけている。穏やかな川の流れは、幼い頃の私たちにとって日常の風景であり、遊び場でもあった。

小学6年生の頃、私の町では子供を狙った連れ去り未遂事件が立て続けに発生した。見知らぬ男が「お菓子を買ってあげる」などと甘い言葉で子供たちを誘い、連れ去ろうとするのだ。幸いにも、周りの大人たちが迅速に気づき、子供たちも走って逃げるなどしたことで、全ての事件は未遂に終わった。それでも、学校や両親から「知らない人についていってはいけない」と繰り返し忠告されていたのを覚えている。

ある穏やかな日曜日の午後、私は弟と近所の友人 R と一緒に、いつも通り川原へと繰り出した。川は子供たちにとってパラダイスのような場所だった。鴨や鷺、ヌートリア、時には蛇まで現れる自然豊かな環境は、私たちの冒険心をくすぐった。石を投げる、駆け回る、未知の領域を探検する――川原は私たちの好奇心を満たしてくれる最高の遊び場だった。

夕暮れ時の柔らかな光があたりを包み始めた頃、私たちは遊び疲れて家路に着くことに決めた。その日は、町で最も大きな橋の下辺りで遊んでいた。橋に上がって歩道を歩き始めると、R の姿が突然見えなくなった。少し先に進むと、R が中年の見知らぬ男と話しているのが見えた。私は R が知人と話しているのだと思ったが、R は満面の笑みで近づいてきてこう言った。「おじさんがお菓子を買ってくれるって。一緒に行こうよ!」

私は瞬時に事態を察した。「ちょっと待てよ、R 。それは誘拐犯かもしれないぞ。知らない人について行っちゃダメだ!」しかし、天然のR は夢中で反論した。「違うよ、あの人はいい人だよ。だって、お菓子を買ってくれるって言ってるんだもん。」

私は困惑した。明らかにあの男は町の逆方向、山のほうへ向かおうとしていたからだ。「おかしいだろ、R 。仮にお菓子を買ってくれるにしても、どうしてわざわざ山のほうに向かうんだ?普通は町のほうへ行くはずだぞ」しかし、R は譲らなかった。「僕はお菓子が欲しいんだもん。あの人は絶対いい人だよ。だって、お菓子くれるって言ってるんだよ?」R の天然すぎる発言に、私と弟は呆れ果てるしかなかった。

私と弟は最後の手段に出た。R を両側から挟み、腕を掴んで半ば強制的に引きずるようにして歩き出したのだ。その様子を見て、男は突然橋の車道に出ると、車の通行に構わず反対車線へ走り抜け、そのまま山のほうへ足早に去って行った。

解放された R は、私たちに向かって拗ねたように言った。「ひどいよ、僕、お菓子食べたかったのに…」Rも諦めたのか、「いいもん。僕これ持っていくから」と言い、足元に落ちていたきれいな小石を拾ってポケットに入れた。「おっ、おお…」と私は呆れて3人で帰路に就いた。

あの中年男は一体何者だったのだろうか。本当にただお菓子を買ってやりたかっただけなのだろうか。今思い出しても、そんな訳はないと思う。あの時の R の無垢さは、その後の人生にどのような影響を与えたのだろう。私は幼馴染の R に降りかかる未来を案じてならず、不安な気持ちを抱えていた。

あの出来事があった日からしばらく経ち、私たちは次第に別々の道を進むことになった。R のその後は耳に入らないが、彼の無邪気さが生涯彼を護り続けることを、私は祈るばかりだ。



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