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今こそ、名著『失敗の本質』から学ぶ

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』
という本がある。
名著として名高いので、ご存知の方も
多いだろう。

『知識創造企業』
で名を馳せた、一橋大学名誉教授の
野中郁次郎先生も、共著者にお名前を
連ねていらっしゃる。

昨日、この『失敗の本質』の本質を
ドラッカーで解読する
、という試みを、
渋沢・ドラッカー研究会において
井坂康志さんが語ってくださるとの
ことで、これは聞かねば!と早々に
エントリー。
そして、これを機に、「積読」状態と
なっていた同書をいよいよひもとく
こととなった。
太平洋戦争の日本軍の失敗を研究する
本ということで、何となく気が重く、
他にも沢山読むべき本があるがゆえに
つい先送りしてきたところ。
今回読み進めるきっかけをいただいた
ことにまずは感謝である。

井坂さんが、同書の要点をズバリ

日本軍は「フィードバック不全」だった

とまとめられ、簡にして要を得た言葉に
思わず唸らされた。

よく知られる通り、「フィードバック」
いう言葉は、ドラッカーが頻繁に用いた
概念でもある。
即ち、期待を書き留め、然るべき後に
その期待と実際の結果とを照合すること。

そして、照合内容をよくよく観察し、
次の期待(目標)へとそれを生かすこと

と説明できる。

元々、「Feed」というのは「エサをやる」
という動詞。
「Feedback」は「牛の反芻」を意味して
いて、これが語源だという説もあるが、
定かではない。
ウィキペディアなどでも最初に出てくる
のは、電子工業分野の話で、
「ある系の出力(結果)を入力(原因)
側に戻す操作」という意味となる。
昨今では、人事、組織分野で使われる
ことの多い用語だ。

「日本軍のフィードバック不全」を、
井坂さんがもう少しブレイクダウン
して説明してくださったが、これが
また同書の見事な要約となっている。

大前提:あいまいな戦略目的
・学習を軽視した組織
・集団主義(突出した個人の容認)
・空気の支配

ただ、この要約を見て「分かった気」に
なるのは気が早い。
同書にまとめられている6つの事例を
読んで、なぜそうなったのかを頭の中で
行きつ戻りつ考えることが、より深い
理解を促進すると思うのだ。

というのも、これらの問題点が、
今の日本の多くの組織に依然として
染み付いており、ある意味日本はこの
戦争を「総括」できていないことを
突き付けられている
からである。
「知っている」「分かっている」と
しても、
「やっている」「出来ている」とは
ならないのは当然。

ガダルカナル作戦の章など、
読んでいて正直胸が苦しくなった。
かつて読んだ戦争物の小説も、
読んでいて辛くなった記憶があるが、
フィクションということでどこか
安心して読めた部分がある。
しかし、この本はどこまでも史実で
あり、現実として存在したこと。

心に極めて太い棘が刺さる感覚、
とでも言おうか。

「フィードバック不全」という言葉に
加えて、私なりに同書のエッセンスを
簡潔に言い表すなら、

共同責任は無責任

という言葉をあてがいたい。
まともに考えることを放棄して、
上からの命令に従い、
声の大きい者の言うことに従い、
その場の空気に従う。
そこに問題の本質があった。

井坂さんが、
「日本軍のトップには、真摯さが
圧倒的に欠けていた。」

ということもおっしゃっていたが、
どこかで「赤信号、みんなで渡れば
恐くない」的な発想
が軍内部に
はびこっていたのだろう。
そして、それは今の日本の多くの
組織における問題・課題
なのだ。

「社長(上司)が言ったから」
「会議で決まったから」
「みんなそう言っているから」
それで成功すれば問題ないが、
失敗したときに責任を取りたくない
だけという態度の人間が組織を構成
していて、そう上手くいくとは
思えない。
ドラッカーがいう「真摯さ」をもつ
人間こそが、組織を目的達成へと
導くカギを握るはずだ。存在しない限り、

太平洋戦争より前の日本軍、
例えば日露戦争に何とか勝利した
頃は、もっとまともな組織としての
体をなしていたはずだが、
その勝利がかえって反省の機会、
フィードバックの機会を奪った

という側面もあるかもしれない。
いずれにしても、この本から学ぶ
べきことは多い。
反面教師として、決して忘れ去っては
ならない歴史がある
ことを、
改めて胸に刻んだ。

己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。