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página do sul

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#月刊ピンドラーマ  2006年6月号 キンドル版はこちら
#川原崎隆一郎(かわらざきりゅういちろう)

日本人に、ほとんどといってよいほど注目されることのないブラジル南部(リオ・グランデ・ド・スル州、サンタ・カタリーナ州、パラナ州の3州)。アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイに接するこの地方は、日本人がイメージするトロピカルの国ブラジル、リオのカーニバル、バイーアなどのアフロ音楽、アマゾンの密林など、とは様相を異にしています。気候は温帯に属し、ヨーロッパ移民が多く、教育水準が高く、数々の産業を有し、国民総生産に占める割合が高く…いったいどんなところなのでしょう?
 不思議なことに、この地方の人々や文芸に触れてみると、何か日本人の心の古いところにある琴線に触れるような心地がすることがしばしばあります。このコーナーで、その文化の一端のさらに一端だけでも、みなさんに伝えられたらと思っています。

ブラウン1 p&b

Querência(*1), Tempo e Ausência

Jayme Caetano Braun

No cartão de procedência
Pouco importa onde nasci
Busquei rumo e me perdi
Querência - minha querência
Desde então me chamo ausência
Porque me apartei de ti

Como um cavaleiro andante
Das léguas que caminhava
Sempre que me aproximava
Do sonho correndo adiante
Mais me sentia distante
Daquilo que procurava
E neste andejar em frente
Sem procurar recompensa
Fui vendo na diferença
Entre passado e presente
Que a lembrança de um ausente
Tem mais força que a presença

Quem vira mundo não para
Nem tãmpouco desanima
Há uma lei que vem de cima
Na estrada do tapejara*2
Tempo que nos separa
É o que mais nos aproxima

Já no final da existência
Saudade, tempo e distancia
Pra conservar a fragrância
Da primitiva inocência
Me tornei canto de ausência
Querência da minha infância

故郷(*1)、時間、不在

ジャイメ・カエターノ・ブラウン

出生証明書で俺がどこで生まれたか
ほとんどどうでもいいことだ
道を探して迷った
故郷よ、俺の故郷よ
その時から俺の名は「不在」という
俺はお前から離れたのだから

はるか遠い道のりを
馬に乗って進む旅人のように
前を駆けていく夢に
近づいていくたびに
求めていたものから
かえって遠くなったと感じていた
見返りを求めることなく
前へ進むこの放浪の旅で
過去と現在のあいだの
違いの中に、俺が見てきたのは
いない者の思い出のほうが
いることよりも力があるってことだ

世界を回す者は止まらない
力が弱まることもない
タペジャラ*2の道には
上からやって来る法則がある
俺たちを引き離す時間こそが
俺たちをもっと近づけるのだ

やがて一生の終わりには
郷愁、時間、距離
原初の無垢の
香りを失わないように
俺は不在の歌となった
わが少年時代の故郷よ

(注1) querência 離れた時に帰ろうと思う、生まれた土地または慣れ親しんだ土地。
(注2) tapejara 道やその土地を深く知り抜いた人。

 ジャイメ・カエタノ・ブラウン Jayme Caetano Braun (1924~1999)は、リオ・グランデ・ド・スル州(以下RS州)が誇る最大のパジャドールpayadorです。パジャドールはスペイン語で、詩人・民俗歌手という意味で、ギターが奏でるミロンガMilongaという音楽を伴奏に、韻を踏みながら即興的に作るパジャーダpayadaと呼ばれる詩や歌を語ったり歌ったりします。その起源はウルグアイ、アルゼンチンにあると言われています。この両国に隣接し、パンパを共有するRS州は、語彙にもスペイン語がかなり混ざっています。パンパの民をポルトガル語でガウーショgaúcho、スペイン語でガウチョgauchoと言います(同じですね)。スペイン語の影響だけでなく、この地方で話されるポルトガル語も独特で、ガウーショ語辞典の助けがないと理解できないほどです。

 ジャイメは、1924年1月30日、RS州ミソンエス Missões 地方のチンバウーヴァ Timbaúva(現在のボソロカBossoroca)で、ドイツ系の父と原住民(インディオ)の母との間に生まれました。生前、数々の詩集と、「パンパの語彙 Vocabulário Pampeano」という辞典を出版しています。また、レコードも録音し、ルシオ・ヤネル LúcioYanel(現在売り出し中の天才ギタリスト、ヤマンドゥ・コスタ Yamandu Costaの師匠にあたる人)のギター伴奏で、自らの詩を朗読しています。彼は、パジャーダだけでレコードを録音した唯一のアーチストでもあります。

 今回掲載した作品はガウーショ独特の語彙が少なくてわかりやすいと思います。お好きな方はポルトガル語のほうを声に出して読んでみて下さい。ちなみにこの作品は、ジャイメ本人が朗読して録音したCD ”EXITOS 1”に収録されており、また、歌手で作曲家のルイス・マレンコ Luiz Marenco が昨年(2005年)曲をつけて録音し、CD最新作のタイトルにもなっています。

ルイスマレンコ p&b

川原崎隆一郎(かわらざきりゅういちろう)
1964年京都府生まれ。
京都大学文学部卒。
1993年からブラジル在住。
会社経営。
メール kawarazaki@gmail.com


月刊ピンドラーマ2006年6月号
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