ブラジルでカーニバルがなくなった日 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2021年3月号
#開業医のひとりごと
#月刊ピンドラーマ 2021年3月号 HPはこちら
#秋山一誠 (あきやまかずせい) 文
とうとうやって来ました。この日が来るとは! このコラムの24人の読者様、夢にも思っていなかったのではないでしょうか? というか、地球上、誰も思ったことなかったでしょ。世界中でブラジルと言えば、サッカーとカーニバルが連想されるくらい、当地の生活に組み込まれています。それが今年はコロナ禍のせいで、なんとブラジル各地でカーニバルが中止になってしまいました。まあ、どちらもブラジル人全員が好きで熱狂するわけではありませんが…サッカーに関しては、ワールドカップ時にセレソンを応援しないと国賊みたいな雰囲気がありましたが、ドイツに7対1で史上最悪の負け方をした、皮肉にもブラジルで開催された2014年大会以降「別に何もサッカー見なくていいやん」という国民感情になったと思います(註1)。当地の通念ではカーニバルは次のように“良い解釈”されます:「カーニバルほど、ブラジル国民の心を表現するものはない。皆を巻き込む至福、文化の多様性、非宗教と宗教の混合、無限の創造性、多様な人種や世代や社会階級の同居性、それらが街のいたる所で爆発する!」
『しかし、世論調査によると、実際にカーニバル大好きなブラジル人は全体の1/3くらいだそうだ。大半は「休みになるからじゃあ休もうか」程度の関心ですな』
国民一致のカーニバルではないのですが、経済効果は確かにあるので、官民ともに重要視する大イベントであることには間違いありません。カーニバル目当ての海外からも含む観光客は言うまでもなく、それ以上に上の“じゃあ休もうか”の大半もどこかへ旅行へ出かけたりしますので、カーニバル期間はブラジル経済の原動力の一つと言われます。2019年度の試算では80億レアル(当時のレートで約21.3億米ドル)の経済効果があったのが、今年は全て夢から覚めてしまったように消えてしまいました。観光以外に特筆する産業がないサルバドールのような都市ではダメージが大きいのは簡単に想像できます。カーニバルが重要な場所ではコロナ禍は公衆衛生上の緊急状態であることをわかっているのかいないのか、中止を決定した行政府の長に批判が向けられています。
ブラジルの社会にとって重要とされるイベントですが、それが中止になり、それでも暴動が起こったりはしませんでした。「大変静かな行われなかったカーニバル」は一種の驚きでもあったのですが、背景に国民の大半が支持しない事情があったのではないかと思われます。実は当地でもカーニバル不要論があるのです(註2)。元々カトリック教会が敵視していた行事であるので、純粋なカトリック教徒はカーニバルの酒池肉林を悪魔の仕業と捉えるようで、彼らに嫌われます。宗教的な理由以外での不要論は経済的理由によるものです。まず、休日が毎年変動するため、産業的な計画を立てにくいのが一つ、次に少数が楽しむイベントのために国全体が休止してしまう経済的損失が無視できないからですね。カーニバルはキリストの復活を祝うイースターから40日前である「四旬節」が始まる直前と定義されていますが、このイースター自体が移動祝日であるため、カーニバルも毎年移動になります。ブラジルでは、伝統的に1月は夏期休暇の時期で(註3)、それが終わったら、「さあ仕事だあ」になるべきなのですが、実際はカーニバルが終わるまで、なんか社会全体が「どうせまた長い休暇がある」ため足踏み状態になりますね。それで、カーニバル休暇が2月の上旬に来るのであればまだ良いのですが、3月下旬などになった年などは最悪です。また、期間中、ブラジルでは野放し感がある飲酒運転による交通死亡事故が多発するのも不要論を加担します。
『廃止しなくても良いけど、せめて1月の下旬に固定休日にして、2月からすっきり年始にしてほしい! という意見もよく聞きますな』
こんなカーニバルですが、起源は諸説あり、ものすごく遡ると、文明が始まったとされるメソポタミア時代の習慣であったといった説もあります。ブラジルでは、植民地時代にポルトガル人が17世紀に持ち込んだ「Entrudo」という行事が始まりとされます。エントゥルードは元々大きな人形を練り歩かせたり、道行く人に水をかけたりする様なお祭りだったのが、徐々に凶暴化していき、水のかけあいでは済まず、卵や小麦粉、砂や小便の投下に発展しました。そのため、1854年に行政府により禁止された歴史があります。名称の由来はラテン語で「肉を取り除く」という意味のcarnem levareと言う説が有力です。もともと春を祝うお祭りと関係があった非宗教的な行事だったのですが、男性が女装したり労働者が貴族を装ったり、暴飲暴食や乱交があり、社会的役割や秩序の破壊ではないかと中世時代にカトリック教会が警戒した結果という説もあります。これをコントロールするため(註4)先ず四句節を創設し、この期間は断食を行い(肉を取り除き)、粛々とおとなしく過ごすべしとしました。40日もおとなしくしないといけないので、その代わり、直前は羽目を外しても黙認する。この黙認が現在のようなカーニバルになったということです。
19世紀にブラジルで禁止されたエントゥルードは20世紀に入り、corsoと呼ばれるパレードにとって代わりました。コルソは上層階級が自動車を飾り立てて街を行列する大変お上品なモノになり、卵や小便を投下する代わりに紙吹雪や紙テープを使用するようになりました。このパレードが現在リオやサンパウロで見られるサンバ学校のパレードの山車の起源ですね。上流階級が始めたコルソはフランスの仮装パーティーが起源と言われます。ブラジルは全体的にカトリックですが、各地方・地域により、カーニバルの仕方が異なります。代表的なモノを列挙すると次になります:
Desfile das escolas de samba
エスコーラ・デ・サンバは直訳するとサンバ学校、そのパレード、日本ではサンバチームと呼ばれるようです。世界中にテレビ放映されるので有名なリオデジャネイロ市やその派生であるサンパウロ市で行われる、観客席付きの特設会場で行進する賞金付きコンテスト式のパレード。各エスコーラはその年のテーマにのっとり、山車、衣装、歌詞を用意し、リオの大きなエスコーラのパレードは5千人ほどで構成される。音楽はサンバの一種のBatucada バトゥカーダと呼称され、打楽器が中心。
Carnaval de Salvador
バイア州サルバドール市のカーニバル。かの地はTrio Elétricoトリオ・エレットリコと呼ばれる、音響装置とステージを設置した大型トラックがパレードするのが特徴。トラックの周辺はロープで仕切られ、有料でこの仕切り内で踊ることができる(註5)。音楽は電化されている大音量で、いわゆるバンド形式、バイア特有のAxé (アッシェー)を始め、ロックやポップ、レゲエなど色んなジャンルが演奏されるが、サンバはあまり人気のない感じ。
Carnaval de Recife e Olinda
ペルナンブッコ州のレシフェ市とオリンダ市のカーニバル。地域でお金を出し合い、音楽隊を雇い、街を練り歩く、Carnaval de Ruaと呼ばれる、“街頭カーニバル”の原型が残っている。この地域別の集まりはBloco Carnavalescoと呼ばれ(単にブロッコ)、誰でも自由に参加できるのが特徴である。オリンダではBonecos de Olindaと呼ばれる、巨大な人形のパレードが有名で、前出のEntrudoが起源? 音楽は他地域では見られない、Frevo フレーボがブラスバンドで演奏される。
Carnaval de rua
blocoと呼ばれる集団が街頭で行うカーニバル。この方式が全国で一番多くみられる。リオはパレードで有名だがブロッコもある。近年サンパウロで色んな集団が発生し、サンパウロ市は観光名物として認定した。音楽はリオはBatucadaが優勢だがサンパウロの場合、多様性と専門性が見られ、好きなジャンルを楽しめる(註6)。
Baile de mascara
仮面舞踏会。Baile a Fantasia(仮装舞踏会)やCarnaval de Salão(サロンのカーニバル)とも呼ばれ、現代のカーニバルの原型とされる。イタリアのヴェネツィアのカーニバルがその一例。ブラジルでは社交サロンや社交クラブなど、閉鎖された場所で行われるが、最近は消滅傾向にある模様。音楽はMarchinha de Carvanal(マルシーニャ・デ・カルナバール)が良く演奏されるが1960年代から衰退してきている(註7)。
『結局、コロナのせいで、ブラジル国民全員「仮面(マスク)あり、舞踏会なし」になってしまったのね。来年はするんですかね(註8)』
註1:2018年7月のひとりごと、「コッパ・ビアアグラなんでしょうか?」をご覧ください。
註2:例:https://medium.com/startup-da-real/como-o-carnaval-afeta-a-produtividade-e-economia-do-brasil-5b78e0fe0e52
註3:ブラジル人は疲れるのが嫌いなので、仕事にかかる前にまず休息するのですな。
註4:19世紀頃まで、カトリック教会はヨーロッパ文明に絶大は権力を維持していた。
註5:大変な数の群衆から隔てるだけでなく、トラックの飲み物サービスやトイレが使用できる。
註6:例えば、子供向けのブロッコ、インド音楽専門、女性のみの音楽隊、等。
註7:衰退の理由の一つが、歌詞が女性蔑視や黒人蔑視など「政治的適正」に反するモノが多々あるためとされる。
註8:マスクのひとりごとは2020年3月の「たかがマスク、されどマスク」をご覧ください。
診療所のホームページにブラジル・サンパウロの現状をコメントした文章を記載していますので、併せてご覧いただければ幸いです。
秋山 一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、予防医学科)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。
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