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「生っぽさこそが大事」松隈ケンタに聞く、BiSHの作り方

「楽器を持たないパンクバンド」として知られるBiSH。サウンドプロデュースをつとめる松隈ケンタさんは、「僕が大事にしているのは『生っぽさ』。そこを聴いてほしい」と語る。

BiSHの音楽は、どのようなこだわりのもとに生まれているのか? 主にボーカル面に焦点を当てながら、レコーディング時の考え方やメンバーの声の魅力など、BiSHの音楽について松隈さんと一緒に紐解いていく。
<取材・編集 小沢あや(ピース株式会社) / 構成 山田宗太朗

松隈ケンタさんプロフィール>
BiSHのサウンドプロデューサー。ロックバンド・Buzz72+のギタリストとして2005年にメジャーデビュー。作詞家・作曲家としても活動し、BiSなど数々のアーティストのサウンドプロデュースをつとめる。サウンドクリエイターチーム「スクランブルズ」代表。

BiSHプロフィール>
アイナ・ジ・エンドセントチヒロ・チッチモモコグミカンパニーハシヤスメ・アツコリンリンアユニ・Dからなる「楽器を持たないパンクバンド」。2015年に結成、2016年にavex traxよりメジャーデビュー。2021年にNHK紅白歌合戦初出場。


BiSHの歌割りがひとりに偏らない理由

BiSHの音楽的特徴のひとつに、メンバー全員がほぼ同じ分量のボーカルを担っていることが挙げられる。もちろん楽曲によって目立つメンバーは異なるが、多くのアイドルグループや「メインボーカル」というポジションが明確にあるK-POPなどのように、特定のメンバーに歌割りを寄せることはない。それは「BiSHを、メンバー全員が輝ける場所にしたい」という松隈さんの思いが根本にあるからだ。

「みんなものすごく練習してくるんです。音楽を大事にしてくれて、曲に想いを込めてレコーディングに来る。だからBiSHのレコーディングでは、まずはひとりずつ最初から最後まで歌ってもらって、それから歌割りを決めることが多いです。『センター』という概念もないですね」

曲作りをするうえで、私情が入り込まないよう、普段からメンバーとの距離感にも気を配っているという。

「何かの都合で何人かに連絡したことはあったけど、基本的にはメンバーの連絡先も、本名も、住んでいる場所も知らないんです。彼女たちのSNSもほとんど見ないし、普段何をしているかも把握していない。チームの中でひとりくらいは、遠くから客観的に見ている人がいた方がいいと思うんですよ。ライブも舞台袖ではなく、客席の最後列で見るようにしています」

そうした方針のせいなのか、BiSHは、メンバー全員の歌や声の特徴がくっきりと立ち上がるグループになった。結成当初、松隈さんは、セントチヒロ・チッチの歌声からインスピレーションを得ることが多かったという。

「最初にピンと来たのがチッチの声だったんです。天性の声だと思いました。透明感があって、すごくきれいで。『オーケストラ』(’16)あたりまではチッチの声がメインのイメージでした」



『オーケストラ』は、BiSHにとって最初のブレイクポイントだったと言える。グループの始動から1年以上経ち、メジャーデビューも決まったタイミングの発表。この曲でBiSHのファンになった人を「オーケストラ新規」と呼ぶほど、ファンの間では人気が高い。

ディストーションの効いた激しいドラムや壮大なストリングス、ブレスを多用したキレのあるボーカルなどが、ある種のケミストリーを生み、BiSHが持つ「凶暴さ」と「きれいさ」の2面性を表す代表曲のひとつになった。プロではなかった女の子たちが経験を積み、歌唱力も上がって来た頃で、松隈さんに言わせれば「メンバーがエモい歌い方を覚えた」曲でもある。

ただ、この頃は、メンバーへの「当て書き」をすることはなかった。まずは曲ありきで、それをどう歌ってもらうか試行錯誤していたという。


ひとりひとりの歌声が楽曲にハマる時

松隈さんがBiSHで初めて当て書きをしたのは『My landscape』(’17)。この曲は、アイナ・ジ・エンドの歌声を活かすことを念頭に置いて制作された。


BiSHは近年、メディア出演も増え、その際にはアイナ・ジ・エンドの歌唱力に注目が集まることも多い。しかしグループ結成当初、松隈さんは、彼女の歌にあまりピンと来ていなかったという。

「彼女だけ他のメンバーと歌唱方法がまったく違ったんです。いわゆる歌ウマ系というか、R&Bっぽい歌い方をしていて。もちろんうまかったけれど、歌がうまい人なんて、ライブハウスにも専門学校にもゴロゴロいる。そういう人たちに比べれば、当時はそんなに迫力を感じなかったんです。

それに、僕が作るサウンドはシャキシャキしていて立ち上がり良く歌ってほしい音楽だから、『そうしたロックのリズムにアイナの歌い方はハマらないかもしれない』と思って」

だが、アイナ・ジ・エンドの歌声は、やがてBiSHの音楽の中核を担うほど「ハマって」いくことになる。それは彼女の類まれなる才能のおかげだ、と松隈さんは言う。

「アイナは、びっくりするほど柔軟性に富んだ子なんです。それが彼女のいちばんの才能かもしれないと今は思っていますね」

以降も、曲単位で当て書きすることはレアケースとはいえ、「この曲のこの部分はこのメンバーに」と考えながら制作することも増えていった。ソプラノ部分はハシヤスメ・アツコに、シャウト部分はリンリンに、という具合に。

「ハシヤスメの魅力は『NON TiE-UP』(’18)の、ファンのみなさんから『スーパーハシヤスメタイム』と呼ばれている彼女のソロパートが代表的ですよね。あそこは最初から彼女に歌ってほしいと思っていたんです。狂気のようなストリングスと相まって、すべてのパートのエモーションがうまく噛み合ったと感じています。
リンリンは2面性のある子で、AメロやBメロを歌わせると危うくて儚い感じになるのに、叫んでいる時は凶暴なキャラクターになりきっている。まるで、ボーカリストが1人の中に2人いるみたいです。リンリンのおかげで、BiSHは7人組のように感じられますね」


ソロプロジェクト「PEDRO」での活躍も目覚ましいアユニ・Dはグルーヴ感、『御伽の国のみくる』で小説家デビューするモモコグミカンパニーは言語感覚に優れ、それぞれ代えのきかない武器としてBiSHの音楽に刻まれた。

「アユニは最初、声が平坦でボカロっぽくて、アイドルっぽさもあって、使い所が難しいと感じていました。でも彼女にはアイナと同様、飲み込みの早さと柔軟性という才能があったんです。その上、楽器に乗っかるグルーヴ感が天才的だった。ロックのリズムへの乗り方はアユニがいちばんです。

モモコは文学的な才能があって、言葉をすごく大事に歌ってくれます。モモコが歌うと歌詞がドバーンと出てくる気がしていて。歌のうまさとは別次元の、モモコにしか出せない歌があって、それが大きな魅力だと感じていますね」


楽譜に忠実な歌と、違和感がフックになる歌詞が武器に

ボーカルに焦点を当てるならば、2021年のNHK紅白歌合戦で披露された『プロミスザスター』も外せない。



この曲は、サビで非常に細かい休符を刻むことによってメロディに緩急をつけ、ボーカルのエモーションを最大化することに成功している(「待って/待って/未来を待って/立って」の「/」の部分。さらに言えばその直前の「だから僕は」で8分音符を連発してサビを盛り上げたり、ゴリッとしたベースが細かいリズムを刻むことによってグルーヴ感を出したりするなど、細かい工夫が散りばめられている)。

このサビは、レコーディングで細かいディレクションを入れ、楽譜通りの歌になるまで何度も録り直したという。こうしたエピソードからわかるのは、BiSHの楽曲が、メンバーの個性が活かされつつも楽譜に対しては忠実に歌われているということだ。

「楽譜は、ライブで歌うための教科書みたいなものだと思っているんです。そこに休符があるのならその通りに歌ってもらう。その休符には必ず音楽的な意味があるからです。ギターだって、音を上げる時にチョーキングするのかスライドするのかで全然鳴り方が違うわけですよね。ボーカルも同じです。切る場所、伸ばす拍数、クレッシェンドをかける位置、それらすべてに完璧にこだわってほしい。それがアーティストだからです」

一方で、歌詞については多くをメンバーに委ねている。最終的には松隈さんが抱いていた楽曲イメージとはまったく異なる歌詞になることもあるという。

「正直な話、作曲家からすると、めちゃくちゃ気持ち悪い箇所もあるんです。というか、メンバーが書いた歌詞は全部、変です(笑)。たとえば、高音で伸ばすところは母音をaにするのがセオリーなのに、iになっていたりする。歌ってみればわかりますが、iだと非常に声が出しづらいんですね。

だから普通の作詞家なら、その言葉は選ばない。ほかにも、音に対して字余りになって不思議なリズムになっている部分もあります。でもそれを強引に入れてしまうのが、BiSHの面白さだと感じていて。意味よりも耳馴染みの良い音を選ぶ僕の歌詞と、意味重視で音としては違和感を持たせるメンバーの歌詞が混ざっているのが、BiSHの歌詞の特徴だと思います」


「たくさんあるんですけど、アイナ作詞の『STORY OF DUTY』。Bメロの『ジャンプ』 した現在感じようよ /『ホトトギスなら』 飛んじゃえ……このメロディにこの語感の文字を入れるセンスに脱帽しました」


楽器の生の匂いに、メンバーの息遣いが絡みつく音楽を作りたい

これまで述べてきたように、本記事では、特にボーカル面に焦点を当てて、BiSHの音楽について松隈さんに語ってもらってきた。しかし、どれほどこだわって音作りをしても、その音が出力される環境によって音質は変わってしまう。

松隈さんは制作の段階で、現状もっとも多くの人に使われているAirPodsでの聴こえ方も確認しながら調整しているという。どのような環境下でもカッコ良く聴こえなければいけないからだ。

とはいえ、できれば高音質な再生環境で、できるだけ音を省略せずに聴いてほしいのが正直なところだろう。

ピヤホンについては、以前のシリーズから、ドラムがよく聴こえるイヤホンだと感じていたという。

「それに加えて最新のピヤホン5は、中域にものすごく立体感が出ましたよね。歌っている人の表情まで聴こえるように作ってある印象です。制作者の出したい音により近い音で音楽が楽しめるイヤホンです」

実は、ピヤホンとBiSHのロックサウンドは特に相性が良い。なぜならBiSHの音楽は「生っぽさ」を重視しているからだ。その「生っぽさ」は、高品質な再生環境で聴くことでよりはっきりと体感できる。実はメンバーのアイナ・ジ・エンドさんも、最新モデル「ピヤホン5」愛用ユーザーのひとりだ。

「『オーケストラ』『My landscape』『NON TiE-UP』『プロミスザスター』、これらの楽曲すべてにストリングスが入っています。普通のクリエイターなら、これは打ち込みでやるんですよ。でも僕らはすべて生でやっている。なぜなら、打ち込みでは出せない生の匂いや空気感を大切にしているからです。それがメンバーのリアルな息遣いと絡みつく楽曲をつくりたいからです。打ち込みのようにピカピカな音と比較してこれを『汚い』音だと表現するならば、その汚さも、ピヤホンならちゃんとカッコ良く聴こえるはずです」


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