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噂の展覧会へ。

『星野画廊コレクション』少女たち展に行ってきました。電車の中吊りジャックのインパクトもかなり強かったのですが、テーマの設定も魅力的な展覧会です。何よりも私にとって興味深かったのは、『発掘された珠玉の名品』というサブテーマ。現在私たちが知っているいわゆる有名な画家という存在が、実はほんの一握りのモノでしかないのだということを教えてくれる、非常に面白い切り口の展覧会です。
また、この作品群の所蔵者の星野氏自身の審美眼の確かさは、これまでの様々な画家の再評価に繋がってきたという実績からも知られており、それらの事前情報からも、期待度の高い展覧会だと思います。
今回は追加で開催された担当学芸員さんによる『展覧会の裏話』講演会にも参加させていただき、普段展示室で表側しか目にすることの出来ない作品と、美術館の裏側のお話などもあわせてじっくりと楽しむことが出来ました。
私たちが通常開幕した展覧会に足を運ぶとき、会場にはケースに入っていたり、ガラスや結界などで保護されて綺麗に並べられた作品が当たり前のようにありますよね。今回のお話では、そうした状態を「作り出す前の」、学芸員さんたちが行っている様々な準備作業について、かなり詳しくお話を伺うことが出来ました。実際に作業している風景を撮影した写真なども交えながら、展示する作品の選定や、展示前の箱に入っていたりする掛け軸の様子、油彩画のカンバスの裏側に秘められた様々な情報の話、もちろんメインビジュアルになっている岡本神草の『拳の舞妓』にまつわるポーズの理由や、有名な展覧会での受賞作品にまつわる作品切断とその断片発見の逸話など。
実際に会場で作品を見るにあたってまた、新しい視点で作品を楽しむことが出来るような非常に興味深いお話の連続で、一時間半があっという間に過ぎていきました。特に今回のサブテーマである、『発掘された珠玉の名品』に関連して、『誰もが知っているような有名な画家』ではない、時代の波に埋もれてしまって、現在情報がほとんど残されていない画家の展示を、いかに楽しんで観てもらうのかという点での学芸員さんの努力と工夫が感動モノでした。具体的に一体何が凄いと思ったのかというと、この展覧会、すべての作品にキャプションがついているんですよ。当たり前だと思ってしまったそこのあなた、この展示のサブテーマを思い出してください。『発掘された』です。つまり一切現代まで情報が残っていない画家も沢山居る訳なんですよ。美術展などに足を運ばれる方ならば、作品の横についているキャプションの役割はご存じかと思いますが、大抵は、『作者、作品名(タイトル)、制作年代、素材(画材など)』と、その作者に関する生没年や出身地、制作の背景や、受賞歴などを貼り付けてあるモノなんですよね。今回、これらのデータの後半部分『生没年、出身地、制作背景や受賞歴』、さらになかには『作者名』もはっきりと伝わっていないような作品も多いということですから。それらを含むすべての作品に解説キャプション・・・・。この展覧会、じつはこの事前調査とキャプションの制作が一番大変だったのではないかと、元美術館の職員として、勤務先の学芸員さんの展覧会ごとの奮闘を観てきた側から感動してしまったのです。元勤務先でも、とある展覧会で、すべての展示品の実測図(わかる人にはわかる)を制作してキャプションとして付けたことがありました。かなりマニア向けの展覧会でしたが、その手間暇にかけた学芸員O氏の熱量といったら・・・展覧会準備期間中にすっかりダイエットしてスマートになったO氏と、その物凄い努力の結晶である展覧会図録の完売という結果を思わず思い出してしまいました。話がそれましたが、今回のこの展覧会の各作品の持つ基本データの少なさを考えれば、この、『すべての作品に解説キャプション』という作業の大変さを理解いただけるのではないかと思ってしまいます。担当学芸員さんご本人は、さわやかにこともなげに『最近はネットで調べるのが簡単になりましたし、美術関連の専門データベースもありますので』とおっしゃっていましたが、キャプション解説熟読派の私としては、総展示作品数121点一つ一つに真摯に向き合って書かれたキャプションを、作品と合わせてじっくり堪能させていただこうと、内心覚悟を決めました。
そのようなお話を楽しんでから、いよいよ満を持して展示室へ。さらに今回は、作品の人気投票企画も出口に用意されているということで、作品リストもしっかり持って(展示点数が多いので気に入った作品を忘れないために)
わくわくしながら進みます。
入り口すぐの撮影可能コーナーには、岡本神草の『拳の舞妓』、先ほどの講演会でも話題になった切り取った作品とその残りという新聞記事のパネルも一緒にありました。同時に掲載されている絵はがきの作品は現在所在不明ということで、この展覧会などの開催を通じて情報が出てくると良いなと思いますね。そこからは第一章『明治の少女たち』から第八章まで、各賞ごとに時代やテーマに沿って作品が並びます。なかには作者の正式な名前さえも不明(サインしか情報が無い)な作品もあり、それでもやはり確かな審美眼に則って拾い集められた魅力的な作品ばかり。一つ一つの作品にそれぞれの時代の息吹や、作者の思いなどの感じられる、非常に濃密な時間でした。
キャプションもそれぞれきちんと作品と向き合って書かれているので、普段キャプション読まない派のかたにも一度立ち止まって熟読してみるのをお奨めしたいくらいです。
そして、こちらも巡回展ですので、この展覧会をきっかけとしてまだまだ再評価されるべき画家が沢山居ること、歴史の中に埋もれてしまった画家に関する新たな情報があがってくることを期待していきたいと思います。
「有名な画家の作品だから見に行く」だけでなく、こうした『まだ知られていない画家の作品の中から自分の一推しを見つけに行く』という展覧会の楽しみ方もアリではないでしょうか。

ちなみにわたしのイチオシ(出口でのシール投票)は散々悩みましたが描き表装の緻密な描写力が非常に印象的な謎の作品『窓辺御簾美人』です。

暑い日には、涼しい美術館、博物館へ。


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