📓深夜日曜歌舞伎町、雨。

前日の夜はとても寒かったのに、日中は、上着が邪魔になるほど暑かった。
私は六本木のビルの上のほうから、これから行く杜のあたりを見下ろしていた。

写真を撮って、待ち合わせ相手に送った。
少し遅れると返信があったが、もうちょっとここでのんびりしていたかったので、私にとっては都合が良かった。
待ち合わせはいつも事前に決めていた時間よりすごい遅かったりすごい早かったりでうまくいったことがあまりないけれども、なんとなくそのユルい感じが気に入っている。

防寒対策のストール、カメラ、まい泉のかつサンド。
まい泉のかつサンドは「食べたことがない」と言っていたので、ほんの少しだけ遠回りして買っておいた。
荷物が多くなってしまうのをなんとかしたいとは思っているが、気になっていろいろなものを持ち歩いてしまうのは癖なのでやめられないと思う。
せめてもと、バッグは軽いものを選ぶようになった。

待ち合わせは駅ではなく現地でもよかった。
しかし、本人曰く「方向音痴ではない」ということだけれども、私からしたらものすごく方向音痴にみえるので、どうしても過保護になってしまう。
「方向音痴ではなく地図を見ないだけ。１回行けば覚える」
とも言うのだが、同じところに３、４回行っても把握できずにいるパターンを経験しているのであまり信用していない。
こういう甘やかしは好きでやってしまうことなので、苦ではない。
駅からの徒歩約10分を１回で覚えてくれるだろうか、と思いながら２人でのんびりと歩き始めた。

人混みをかき分けて、食料を確保した。

「そうだ、まい泉のカツサンド買ってきたんだった」

私はカツサンドのことを唐突に思い出した。
せっかく買ってきたのに、忘れていた。

「まいせん？」
「かつサンド。食べたことないって言ってたから、買ってきた。小さめのだからちょっと小腹が空いたら食べよ」
「おー、楽しみ」

食の好みの一致はとても大事だと思う。
あれも、これも、まだまだ一緒に食べたいものはいっぱいある。

小腹は結構早めに空いた。
バッグからかつサンドの箱を取り出す。

「あ、それ食べたことあるかも」
「え」
「気がする」
「じゃあいらない？」
「いる」
「え」
「食べる」

こういうようなことも結構ある。
つねにいろいろなものに過敏に反応しがちな私にとって、こういうユルいところがほんとうに楽だし助かる。
これが少しでもズレると気になってしかたなくてストレスの塊になってしまうのだが、ちょうどいいところで留まっていてくれる感じ。
「気を遣わないわけではないけれども気を遣わないですむ」とかそんな感じ。

人の多さもあってか、屋外でも思いのほか寒くなかった。
前日よりは気温が高かったのかもしれない。
しかし次第に冷え込み、22時を過ぎたころには暑がりの私でもさすがに少し寒さを感じた。
足湯に入りたい、と思った。

１週間前にも会っていて、そのときは、石玉のなかに足を突っ込むタイプの足湯でのんびりした。
「石」なので「湯」と言っていいものかはわからないが、「足湯」と記載されていた。
足が濡れないのは良いと思ったが、温度が高すぎて私は足を入れたり出したりを繰り返して楽しんだ。
焼き芋ってこんな気持ちなのかな、と思った。
でも、焼き芋は自由に出たり入ったりできなくてかわいそうだ。

来る時に使った駅とは違う駅に向かって歩いた。
夜になっていたし、方向を把握できていない感じだったので、また来ることがあっても一人では来れないし帰れないだろうな、と思った。
「そんなことはない」と言っていたが、そうでいてほしい、と思ってしまった。
私に甘やかさせてほしい。

駅に着いた。
「どうしようか」の答えはお互いわかりきっていた。
私たちは、去年もこんな日のあとに行った足湯のあるところに行くことにした。

11カ月前に来たときより寒く感じた。
前回はああだった、こうだったなどと話せることがちょっと不思議だった。
来年はどうしてるかな、というような話ができることも不思議だった。

ドクターフィッシュの浴槽に足をつっこみながらずっと「気持ち悪いからこっち来てみなよ」と言ってきたが、それに関しては無視を決め込んだ。
アレの気持ち悪さはもうずっと前に別の場所で経験済みだ。
浴槽に落とさないように慎重にスマホを向けて、ぼんやりとした暗がりのなかで「痛っ！」「気持ち悪っ！」と言ってはしゃいでいる姿を写真に撮った。

１週間前はかなりガチめの卓球をやった。
「すごく楽しかったのでまたやりたい」と言った。
少しずつ思い出が増えていくのは幸せなことだと思う。
長生きなんてしたくないけど、だからこそ、こんな感じでのんびりユルく生ききるために隣にいてほしいというワガママはまだ言えずにいる。

来年も、その次も、その先もこうして足湯に入れるかどうかはわからないけれども、少しだけでもいいから希望をもてる何かがあったら良いのに、と思った。

私にとっての「いい天気」である小雨が降り始めた日曜の夜のこと。