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ep2. 眠りのフライト -サントリーニ島の冒険-

フライトはそこまで混んでいなかった。私は通路席で、真ん中は空き、窓側には鮮やかなグリーンのボトムスに、首にスカーフを巻いた、ショートカットのおしゃれな女性が座っていた。彼女も朝早かったのか、少し体を横にして早くも寝る体勢に入っている。私もとても眠かった。イギリスらしく、霧のため出発が20から30分遅れるという。長くなりそうだと、がっかりしてウトウトし始めた私。

しばらくして目を覚ますと、揺れが感じられない。まだ飛んでいないのか、なんてこったと、窓側に目をやると。すっかり壁に寄りかかって寝ている女性と窓の隙間に、雲が見えるではないか。いつの間にか飛んでいたのだ。随分深く眠ったものだと驚くも束の間。私はまた眠気の雲に入っていく。

4時間ほどのフライトで優雅にコーヒーでも楽しもうと、朝からずっとコーヒーを我慢していたが、いつになってもドリンクのカートが来ない。ふと目が冷めては「コーヒィー…」と思うも、眠気への敗北を繰り返し。最終的に、まともに目が覚めた頃にはサントリーニ島がすぐ横に見えるところまで降下しているではないか。着陸直前であった。ドリンクカートは爆睡中の私の横をスイスイと通り過ぎていたことだろう。

ギリシャまで飛んできたという実感が全くないままに、集団行動的に飛行機を降りる。同じくほとんど寝ていた隣の女性とたまたま目が合うと、ニコッと笑ってくれた。一人旅はこういうちょっとした人との触れあいが嬉しい。ターミナルへ接続するバスに乗り込む目の前に山が見える。インターネットで調べただけでは掴めなかったサントリーニの地形がこれから明らかになるのだ。

パスポートコントロールに並ぶ段階で、隣人だったスカーフの女性はすでに先頭近くに並んでいる。人生を卒なくこなす人との距離というのは、こんな風に一瞬でできてしまうものなのか、と少し複雑な気分になる。入国審査といえば、その国の人と初めて面会するドキドキ緊張の瞬間であるが、とてもシャイそうなお兄さんに当たった私は、Helloさえ返してもらえず、あっさり入国する。

到着ロビーで、ホテルの人がカードを持って立っている、と事前に知らされていた。誰かがカードを掲げて待ってくれている。それは昔から私の憧れシーンであった。空港で孫を待つおじいちゃん、おばあちゃんっていいなと、いつも心奪われてしまう私なのだが。そう、自分を待ってくれる人がいる、というのは幸せなことである(いやホテルの人はね、ただの仕事でね、、)。

到着ロビーにくりだすと、いるいるカードの人たち。三人目くらいがちょうどいいな、など馬鹿を思いながら、カードに掲げられた名前は馴染みのないものばかり。7~8人通り過ぎたが、結局自分の名前は見当たらず。恥ずかしながら、来た道を戻り、もう一度同じ顔ぶれの前を通り過ぎる。
ない。私の名前がない。
そうか、忘れられたのだ。

誰かが待ってくれていると思ったら忘れられていた時ほど悲しいことはない。ヨロヨロとベンチに座り、ホテルに連絡しようとスマホをとりだすも、どうせなら出発前のリサーチで疑問に思っていた空港のバスをチェックしてみようと思い立ち、外にでる。すると!まだまだいるではないか、カードの人たち。先ほどの2倍以上の人がカードを掲げて、往きかう人の顔をのぞきこんでいる。

出口付近にいた最初のカードのおじさん。彼のカードには、本日泊まるホテルの名前が書かれている。「いや、私の名前が書いてあるはず」と思い込んでいた(それが欲しかった)私は、最後の一人までチェックするもいない。ということは、最初のおじさんがお迎えなのか。おじさんのところに戻って名前を言うと、「ずっと待っていたよ!」とやれやれの反応である。まずはひと安心して、お迎えの車に乗り込むと、真っ白なレザーのシートという予期せぬ豪華なヴァンに驚く。

私一人を乗せて、ヴァンは乾いた地中海気候の土地をかけ上がる。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
「サントリーニ島の冒険」は、100ページを超える手書きの旅誌をもとに、こちらnoteで週更新をめざしています。

朝の空港へ向かう、一つ前の記事はこちらです。