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ep15 海に浮かぶ温泉 | サントリーニ島の冒険

ご注意:途中、海で波にのまれそうになる場面が含まれます。

 今日は少しゆったりめの8時すぎにベッドから起き上がる。陽はもう昇っていて外は明るい。昨日見つけたベーカリーへ、朝ごはんのパンを買いに行く。男性陣がカウンターで注文をとっている。この島は男性陣がよくお店に立っていて、このパン屋もそうだ。ヨーロッパに来てから、職業のこれまでの男女わけみたいなものを少しずつ崩してもらっていて気持ちがいい。たくさんのパンの種類があって迷うものの、甘いパンを欲していた。デニッシュ生地にチョコチップとバナナクリームが練りこんであるパンと、2.5ユーロのラテも購入。次々とお客さんが入ってくる、とてもいい感じのパン屋であった。

 明日にはこの島を離れてロンドンに戻るので、フルで楽しめるのは今日が最後。長い一日になりそうな予感で、リュックにいれておくバナナを買いに、すぐ近くの小さいスーパーマーケットへ。中に入ると、赤に染めたロングヘアーの女性がレジに立っている。Helloと挨拶すると、こちらをチラリと見て、無視だった。シティセンターのスーパーだしどうせ高いのよねと物色してみると、それがむしろ安い方である。バナナ二本をレジに持っていって、一応Hiと言ってみるも、やはり無視。お金を払って、Thank youと言うも最後までブレずに無視であった。

再びこのコーヒーカップ

 ホテルに戻ると、いつもの彼が狭いレセプションのカウンターに立っており、私を見るなり、名前を呼んでくる。私も彼の名前を呼んで応じ、明日の空港へのトランスポートについて相談する。彼の性格上サービスをお願いするときはもちろん快諾で、車を予約させてもらった。部屋に戻り、本日用の荷物をつめる。今日はボートに乗り、島で火山ハイク、海のhot spring(温泉)のあと、できたらドンキーライド(ロバに乗る)、バスでOia(イア)へ移動し、サンセットと夜景を見るという、我ながらつめこみすぎプランであった。

 まず予約していたボートツアーに参加すべく、Old portと呼ばれる港まで行く必要があるのだが、ここは崖の下にあるので、ケーブルカー(片道6ユーロ)か、ドンキー(10ユーロ)か、徒歩(20分)である。徒歩にした私は、午前は体力温存で、と言い聞かせながら、Old portに行く道を目指す。かなり階段を上がって、何ならケーブルカーの駅まで来てしまったところで、間違った方角へ来ていたことに気が付く。Old portへ続く階段が遠くの方に見えたのだ。しまった。勘違いして無駄にのぼりすぎてしまった。今日は体力温存のルールを早速守れず、時間をロスしてしまった。ボート出発に間に合わせるべく、急がなければならない。飛脚のように来た道を戻り、正しい階段を見つけて早速くだり始める。既に気温が高く、少し歩いただけで汗が出る。石の階段には、ロバの糞を掃除するための撒き水がされており、油断すると滑って転びそうだった。急傾斜に沿ったジグザグ状の階段は、折り返すも折り返すもゴールが見えてこない。果たして間に合うのだろうか。

 心拍数の上がったまま、集合時間ギリギリにたどり着き、賑わう港で人の波をくぐり抜けて、これから乗るボートを探す。うろうろしていると、カメラを構えた人たちにちょっと写真を撮りたいので、そこをよけてくれますか?と声かけられる。丁寧な聞き方ではあったが、私はいつもそれを聞くこと自体違うと思う。さっとバナナを食べて、ボートに乗り込む。既に座る席はだいぶ埋まっていて、私は白髪のご夫婦の隣に座ると、まもなくボートが出発。

 ギリシャ行きのきっかけを与えてくれたもう一人の方、それは沢木耕太郎さんだった。沢木さんの書かれた「深夜特急」。ギリシャで船に乗り、青の美しさに息をのむ描写を読んで、脳内にその情景が浮かび、その場で風すらも感じとれた私は、その文章をそのままノートに書き写し、その横に「必ずギリシャに行く!」とコメントを残していた。沢木さんのようにギリシャでフェリーの旅をしてみたくて、今回ミロス島行きを計画したものの、高波のため連日キャンセルでされて行くことが叶わず。せめて少しでもこのボートツアーに参加することでその気分を味わいたかった。

顔を洗い、パトラスで買っておいたサンドウイッチを持って甲板に出ました。その時の衝撃をどのように伝えたらいいものか。そこは四方すべてが青だけの世界でした。海も空も陸さえも青だったのです。しかもその青がそれぞれ異なる輝きを持っている。とりわけ陸地に見える山々が子供のころ偏愛したクレヨンで描いたような、淡く達きとおるようなブルーだったことが、こちらの胸に強く響いてきたのかもしれません。

沢木耕太郎 / 深夜特急 5 トルコ・ギリシャ・地中海

 港からボートが離れるにつれ、先ほど必死にくだったジグザグの階段の全景が見えてきたのも束の間。アナウンスがまずギリシャ語で流れ、次に英語に切り替わる。すると「もうすぐHot Springに着くので、泳ぎたい人は今すぐ準備するように」との急展開。このツアー、海の中で温泉になっているスポットに立ち寄る企画があり、行きたい人はボートから泳いでそちらを目指すという内容になっているのだ。先に聞いていた旅程だと、ハイキングが先のはずで、その間に本当に海を泳ごうか決めようと思っていた私は、実はまさに今この瞬間、決めなければならないことに気がつき再び心拍数が上がる。

島を離れていく。遠くにジグザグの道。

 子どもの頃、プールで一通り泳ぎを習ったものの、その後ペーパースイマーとなり、海で泳いだ経験といえば、前日のレッドビーチが初めてだった。この企画、自分に成しえるものかまだわからない。水泳のスタート地点に着いたところで、どれくらいの波があり、Hot springまでの距離も目で測れると思うので、一応準備だけしようと靴下を脱ぎはじめると、隣のご夫婦の女性が「あー、あなたは行くのね」と言うかのように頷く。どうやらフランス語を話すようである。「本当に入るかわからないけどね」と英語で返し、スタッフの女性のところに行って、ボートから海にジャンプしなきゃいけないのか尋ねると、ハシゴもあるという。浮き輪を貸してもらえると耳にしていたので、それについても尋ねると「貸すことはできるけど、今日は波がすごく強いので、本当にGood swimmerじゃなきゃだめ」だという。不安になるも、次々と水着姿で集まる人々を見て、自分もいこうと決意。浮き輪を借りるが、細長い棒状のものでそこまで頼りになりそうもない。先ほどのスタッフの女性に「あなた本当に大丈夫?」と聞かれ、ここまで来たら行く気であった私は「大丈夫だと思う!」とちょっと無理をして答え、はしごを下り、10月の冷たい海に入る。

 足のつかない、波のある海である。まずは必死でHot springとなっているビーチまで泳ぎ始める。波は幸い後押ししてくれた。オレンジ色の温泉の中に入りこむと確かに温かい。海水温より、5度ほど高いとのことで、ずっと浸かっていられるほど温かくはないものの、先ほどの冷たい海と比べるとずっと温かいのである。他の人に釣られて先まで進むとさらに温かくなる。ボートは30分しか停まらないということで、戻る時間を考えるとゆっくり浸かっている時間もなく、私はちゃんと戻れるか不安で仕方なかった。近くにいた女性に声をかけて一緒にボートを目指すことになった。Hot springを離れると、海は冷たさを増し、先ほどまで背中を押してくれた波は今度は壁のように立ちはだかり、なかなか前に進まない。ボートに近づくと、スタッフの男性が救助用の浮き輪を持って先端に立っているのが見える。私は波が恐ろしくて今すぐにでもその浮き輪にすがりたかった。でもあの浮き輪を投げられたところで、どうにかなるものだろうか?ボートは近いのに、波は強くなる一方で、息つぎのタイミングで口から海水を飲み込んでしまい、焦りとパニックで脳内アラームが鳴りやまない。一緒に泳いでいた女性は私よりちょっと後ろにいるようだが、自分のことで精一杯で振り返る余裕も、話しかけることも到底できない。今までにないような生死の危険を感じ、必死でハシゴに手を伸ばす。力強くその鉄の棒を掴み、ようやくふりかえるとあの女性もそこまで来ている。「Are you okay?」と絞り出した声で聞くと彼女は頷く。ボートに上がると、水の冷たさなのか、恐怖なのか震えが止まらなかった。

 急いで着替えて、早く先ほどのご夫婦のところに戻りたいと思った。彼らの顔を見て、安心したかったのだと思う。他に泳いで帰ってくる人たちをチラッとみると、みんな険しい顔をしながらも泳ぎ切った様子であった。スタッフの女性に話しかけると、波がAgainst usだったねと笑顔で言われ、怖かったとしか言えない私だったが、経験のある他の人からすると、なんとかなる程度の波だったのかもしれないと思った。ご夫婦のところに戻ると、当たり前のように仏語でÇa va?(How are you)と聞いてくる。たまたま習っていたビギナーレベルの私は、意味はわかるものの、「いや、大丈夫じゃない」の答え方がわからない。空気を読む必要も全くないこの場面で、仕方なくも「Ça va bien(大丈夫)!」と答えるほかなかった。次第に、泳いだ人たちが着替えを終えて戻ってくるが、何事もなかったようにとても落ち着いた様子の、こちらもフランス人のマダムがおり、全体的にフレンチスイマーが多いと感じとっていた私は、彼らの身体力の高さに驚いてしまう。これまで出会った人々の印象で、フランスの人々は”アウトドア力”と言っていいのか、ハイキングやカヤック、水泳などのレベルが高いように思う。

 ボートは次に火山へと進むのだが、先ほどの恐怖が消えず、さらに荒れる海が船に乗っていても怖い。かなり揺れて、手すりを掴まずにはいられない。早く本島へ戻りたくなったが、そんな隠れた願いとは裏腹に、ボートはどんどん遠ざかる。ようやく着いた火山での滞在時間は1時間とアナウンスがあり、頂上までは20分というが、果たして。このヨボヨボスイマーは大丈夫だろうか。流れに身を任せ、入場チケットを買い、とりあえずのぼり始めるも、先ほどの緊張感が抜けず、やっぱりやめようかとも思った。待機しても全く問題はないのだ。でもここで諦めると、先ほどの恐怖のまま今日一日を過ごすことになりそうで、せっかく自然環境でも泳げるようになりたいと、少しずつでも練習してきたこれまでの自分と、前日に初めて海を泳いで知った喜びと、そんなことが頭をよぎって、この火山を登ろうと思った。吹きっさらしのゴロゴロとした石の道は、注意が必要で、風が強く、気を抜くと崖になっている両側の道に落ちてしまいそうである。同じボートに乗っていたカップルが少し前を歩いていたので、彼らから遅れをとらないように歩く。自分に集中するだけで精一杯の私は、もう正直火山はどうでもよく、とにかく早く登っておりたいという気持ちになっていた。

火山に到着したボート群




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

8月になっても、オリンピックが8月を意味していても、まだ幻のようにしか感じられない私です。

「サントリーニ島の冒険」は、100ページを超える手書きの旅誌をもとに、こちらnoteでゆっくり更新しています。

ご当地ワインを飲みに、海の見える素敵なバーへ行くものの、すぐに出てしまった一つ前の記事はこちらです。

また、これまでの記事はこちらに綴っています。お時間があればぜひ訪れていただけますと嬉しいです。